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三十三  はふり むすひ

 懐かしい、私の生まれた世界にそっくりの美佐枝さんの庭を歩く自分がとっても不思議で、フワフワする。

小さな池。そこに咲く花たち。

池に注ぐ小川。そこにかかる橋。

周囲を囲んでいるはずの高い壁が、全く気にならない程の広さがあるとは思えないけど、空間は無限に広がっているよう。

門からすぐに家の玄関が見えていたのに、大きな空間を歩いて玄関にたどりついたみたいな感覚。

「美佐枝さーん。マコトです。」

マコトさんが、声をかけながら玄関の引き戸開けた。

その開ける音すら、あちらの世界でする音と同じで、細かいガラスがキラキラと流れ落ちる透き通った懐かしい音だった。

(何?私どうしちゃったの?なんで、どうして?この感覚、いったい何?)

マコトさんが開けた玄関の先の室内も、あちらの世界にそっくり。

「さあ、入って。」

今、マコトさんが目の前にいる事が、私にとっての唯一の事実で、

「こ、こんにちは。お邪魔します。」

そう声を出すのが精一杯。

 奥に進むと、少し開いている障子戸の隙間から、布団が敷かれている部屋があった。

(美佐枝さんの部屋かな?やっぱり、具合が悪いんだろうか?)

その部屋の前を通り過ぎ、美しい彫刻が全面に施された立派なテーブルのある部屋についた。

もちろん、この美しい彫刻も見覚えがある。

「さあ、座って。」

マコトさんはそう言うと上座の大きく朱色の椅子に座った。

 私は、この状況にどうして良いのか戸惑うばかりで、促された椅子に座ることさえも躊躇する。その私の背後から

「マコト様。お待ちしておりました。こちらの方ですね。」

「ああそうだよ。美佐枝さん、今日は顔色も良いね。良かった。」

「ありがとうございます。今日の日は、特別ですもの。」

そう微笑む人が美佐枝さんなのだとわかった。

春吉さんの言う通り、マコトさんのお母さんにしては歳がかなり上に見る。

「こんにちは、あの、、お邪魔します。」

「こんにちは。さあ、おかけになって。『はふり』さん。」

「え?」

なぜ?なぜその呼び名をそう言おうとしたが、声にならない。

動けないでいる私に、美佐枝さんは微笑むと、もう一度、

「さあ、おかけになって。」

そう促した。

 私がその席に着くと目の前に青白く、光を通すほどの薄さの磁器の器が置かれる。

「さあ、召し上がって。」

それは、直径が十センチほどの高台の無い盃。

私が知っているそれなら、そこに注がれているのは薄く塩の入った白湯。

私は置かれた盃を前に黙礼する。

両手で盃を顔のあたりまで掲げ、マコトさんの方を見て一礼し、ゆっくりと喉を通す。

(あ、やはり塩の味がする。)

盃をテーブルに置く。

(きっと、この後、美佐枝さんが私を清める。)

私は美佐枝さんの指が動くのを感じた。

美佐枝さんは手元にあるもう一つの同じ盃に、右手中か指をそっと浸す。

そして、中指を私のまず額に。次に、眉間みけん勝掛かちかけ天堂てんどうと当てられる。

最後に、背中の身柱しんちゅう神道しんどうと手をおく。

これで、私の清めができ、神様の前に来ることを許される。

いわいさんは、やはり、はふりさんでしたね。」

美佐枝さんは、ふふと笑いながらマコトさんにそう言った。

「ね、そうでしょ。私の思った通り。一生懸命すぎて、体からにじみ出ちゃってたのよ。」

「まあ、それは頼もしい。」

私を置いてきぼりにして、マコトさんと、美佐枝さんの会話は盛り上がっている。

私は、確かに向こうの世界では、はふりと呼ばれていた。

「あ、あの。美佐枝さんは、その、、、。」

なんと聞いたら良いのだろう。私は今、確かに清められた。神様の前に出るために必ず行われる儀式。それをこちらの世界で?

病院から退院して、洗濯をしようとしていたが、マコトさんに声をかけられて、Pを出た。

Pの目の前の川を渡り、美佐枝さんの門の前に立ち、スマートウォッチで鍵を開け、庭に入りここにいる。

やっぱりこちらの世界にいる、、はず、、。でも今行われたのは清めの儀式。

神使職を清めるのは、先にその職についている者の役目。

私はまだ神使職では無いけれど、清めをしてくれた美佐枝さんは多分、神使職であろうとは思うが、どう聞いて良いのかわからない。だって、ここはこちらの世界のはずだから。そんな私の気持ちを察したように、美佐枝さんが口を開いた。

「はふりさん。あなたの思う通り、私は神使職の『むすひ』と申します。」

「むすひさま。」

 神の道は天地、万物を生み出し、発展させるもの。

『むすひ』とはまさに生み出す神秘的なもののこと。

ただ、神使職は神ではない。神に仕えるものである。

仕えると言っても、神の身の周りのお世話をするのではなく、それぞれが神に仕えるための力の一つを宿、神の下にてその力を出すのが神使職の役目。

美佐枝さんは、『むすひ』。

神が何かを生み出す時、神の下につき『むすひ』の万物を生み出す力を持って神をお支えするのが、彼女『むすひ』の神使職としての働きなのだ。

 マコトさんは美佐枝さんを見ながら、

「こちらで、むすひと呼ぶわけにもね。だから、美佐枝さんと呼ぶことにしたんだよ。」

「素敵な呼び名を頂戴しました。」

二人の会話。

私に美佐枝さんがしてくれて清めの儀式。

私の頭の中は、まだ混乱したまま。それでも、なんとか美佐枝さんの事は理解できた、たぶん。

じゃあ、マコトさんの事は?

テーブルに施されている彫刻は、神の世界を表したもので、向こうの世界で神様が使われているものと同じ。そして上座に置かれた、マコトさんが座っている朱色の椅子は、向こうの世界では神様が座る椅子。

美佐枝さんが、神使職『むすひ』であるなら、マコトさんは?もしかしたら、、。

「はふりさん。東方神ひがしかたかみとは私の氏では無いのです。」

「えっ。」

「マコト様の。マコト様は東方神様です。」

「えっあ、、。か、神様、、という事ですか、、、。」

息ができない。知らないとはいえ、今までマコトさんにしてきた数々を思い返し、息ができない。

走馬灯の様に思い出すってこんな感じなの?

マコトさんと会ったクレでの事。

マコトさんを探ろうとした事。

マコトさんをハーローワークみたいと言った事。

それにマコトさんを女性だと勘違いしてたり。

上半身とはいえ、神様のその素肌を断りもなく拝見してしまった事。

あー。走馬灯の様に頭の中をグルグル回る。

上半身が、、マコトさんの、、いえ、マコト様の、いや違う、東方神様の上半身がグルグル回るー。

どうしようーーーー。

そんな私に向かって、

「驚かせちゃって、ごめんね。」

そこには、ちゃめっ気たっぷりのマコトさんが笑っていた。



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