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三十二  ため息

 いきなり夏乃さんがドアを開けたので、そこに立っていた看護師は

「うっ。」

と喉を詰まらせるような声を出して、固まったように動かなかった。

「何?何か用?それとも、盗み聞きかな。」

いつもは優しい夏乃先生の声が、低く強く看護師に向けられる。

「あ、い、いえ。あ、あの、えっと、、よ、吉田先生いらっしゃるかと、、。すみません。いらっしゃいませんよね。し、失礼しました。」

夏乃さんは、そう言って立ち去ろうとした看護師の腕を掴み、部屋の中に引っ張り込んだ。

「い、痛い。何するんですか!」

「何されてるか、ちゃんとわかってるでしょ。諦めなさい。」

夏乃さんが責め立てる看護師は、昨晩ナースステーションで、何かを落とし、大きな声を出した看護師だった。

「あれ、あなた、昨日の夜の。」

「、、、。」

驚いて声を上げた私に、何も答えることのできない看護師に向かって、夏乃さんがさらに詰め寄る。

「昨日の夜、夜勤をしていたあなたが、なぜこの時間にまだ病院にいるんだ?吉田先生を探してる?まるで仕事中だって口ぶりだよね。夜勤の翌日に続けて日勤してるって?それだけでも辻褄が合わない、おかしな話だよ。自分が何をしているのか一番わかってるんじゃないの。」

「、、、。」

黙ったまま震えている看護師に、駒井は椅子から立ち上がり

「看護師の中野さん。昨晩の事、それから、今までの生方とのつながりを含めて、署でお話を聞かせてもらいます。外にも警官がいます。逃げることはできませんよ。」

駒井にそう言われると、青ざめいた看護師の顔に涙が一筋流れた。

 駒井が看護師の腕を掴んで部屋を出ると、もうそこにはもう一人、私服の女性警官が待機していた。看護師が連れて行かれるのを私はただ茫然と見ていた。夏乃さんが駒井の座っていた席に大きなため息と供に座ると、

「祝ちゃん、ごめん。驚かせちゃったね。」

「あ、いえ。あの、どう言うことですか?」

「彼女、生方から薬を買ったことがあったらしいんだ。」

「え、薬って。麻薬、、、ですか?」

夏乃さんはまた大きくため息をついて、

「ああ。麻取の捜査線上に、中野に似た人物がいたそうんなだ。病院内でも彼女の感情の起伏の激しさや、驚くほど体力があることに疑問に思うものもいた。あーもー、普通は薬になんて手を出さないよ。特に医療従事者なら、麻薬常習者の末路がどれだけ酷く惨めかよく知ってるからね。」

夏乃さんは悔しそうな表情を浮かべ、看護師が連れて行かれたドアの方を向いたまま。

「ここに三人が運び込まれて来た時から、麻取もコマちゃんも彼女の逮捕まで計画していたんだ。祝ちゃんには負担かけたくないから黙ってた。ごめん。」

「あ、もしかして、昨日の夕食の配膳台の後ろにいた人影、、。配膳台を確認しに行ってくれましたよね!あの時に、夏乃先生は生方ってわかったんですか!」

「ああ。見慣れない顔だからすぐにわかった。看護師の中野と一緒だったしね。まあ、あそこで声を上げるわけにもいかないから、流石に焦ったよ。」

夏乃さんにそう言ったけど、あの時そんな風には微塵の感じられなかった。

「ふぇ、、、。まったくわかりませんでした。」

マコトさんと春吉さんを見た。

「皆さん知ってたんですか?」

「マコトさんとハルはね。もともと中野の事は病院側からも麻取に話をしていた。警察病院で働いているのに大胆すぎだよ。今回の事件は偶然起きたけど。麻取は中野が生方とつながっているのはわかっていたから、一気にって考えた。本当は斉藤の組織までって思っていたんだろうけど、斉藤の記憶がないことで今回は諦めたらしいよ。」

マコトさんも夏乃さんと同じ、ドアを見つめながら、

「病院内で逮捕するなんて危ない橋を渡ってると思うけど。警察は随分と思い切ったわね。」

確かに、マコトさんが心配するように、入院患者に怪我人が出ていたかもしれない。麻取も駒井たち警察も怪我人を絶対に出さないと自信があるほど人員を配置していたってことなのか。

生方にラリアットしそこねた時、斉藤の部屋に何人もの警察官らしき人影がいた。生方が部屋に入ってきたときに抑える手はずだったのかも。

「生方にスクラブや、ヘルパーのユニホーム用意したり。ハア、、、全く情けない。これから先、中野の人生がどうなろうと知ったこっちゃない。人生の責任は自分で取らないとだから。」

事件は決着と聞いたばかりだけど、目の前で夏乃さんとついさっきまで一緒に働いていたスタッフが警察に連行されていった。

夏乃さんの深いため息が忘れられない。 

 驚異的な回復を見せた私は、朝のMRI検査でも特に異常はなく、ムンテラ室を出ると、そのまま退院した。

春吉さんが自分も退院させろと、夏乃さんに迫っていたが、強いお姉様には逆らえないらしい。退院する私を病室の窓から手を振って見送ってくれた。

マコトさんに、

「自分が退院するまで祝をお願いします。」

って、何度も頭を下げていたのがお父さんみたいで、涙が出そうだった。まあ、ちょと面白くもあった。

 マコトさんに借りている部屋で暮らしたのは、まだたった一日。その後、二日入院しているから、部屋に帰って来ても、自分の家に帰って来たホッとする感ないかと思ったけど、かなり安心できた。

 部屋にカバンだけ置いて、洗濯物を持って下に降りると、マコトさんが、

「祝。疲れてるところ悪いけど、私に付き合ってちょうだい。」

「あ、はい。」

洗濯カゴを洗濯機の上に置いて、マコトさんの後について階段を降りた。

 向かった先は、美佐枝さんの家。入院中に紹介するねと言っていたけど、こんなに早く、と少し驚いた。

 美佐枝さんの家の高さのある古い門も、マコトさんのスマートウォッチでカギが開いた。

「へー。」

「ふふ。驚いた?」

「あ、ちょっとだけ。木の門構えで、まさかの未来だな〜って。」

「この家は、意外と人が出入りするから、用じんのためにね。」

 マコトさんはいつも通りの笑顔で、滑るように門をくぐっていた。改めて見ると、細かい細工もある立派な門。門も塀も思ったよりも高くて、外から家を除き見ることは出来なさそうだ。

私も急いで門をくぐる。と、そこに広がる世界を見て、ハッとした。

自分が今どこにいるのかわからなくなる。

「ここって、、、。何?どうして、、。どうしてここにあるの?」

後ろで鍵のかかる音がして我に返り、マコトさんを見ると。

「行くわよ。」

マコトさんは玄関に向かって歩き出した。 

(なんで、、どういうこと?信じられない。ここって、美佐枝さんの庭なんだよね?私、こっちの世界にいるんだよね?)

目の前に広がる、美佐枝さんの家の庭は、自分が幼い頃過ごしたその場所にそっくりだった。

「祝〜。」

マコトさんに呼ばれ、急いで玄関に向かった。玄関に向かって歩く道にかかる、ほんの小さな橋までもが見覚えがある。そう思えた。




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