三十一 八つ当たりしなきゃやってらんない!
駒井に大笑いしていると、夏乃さんが
「それより、ムンテラ室にハルも呼んだから、行こうか。」
「ありがとうございます。」
さっきまでふざけていた駒井が真顔になった。夏乃さんは、私に向かって
「祝ちゃんも行くよ。」
「え、あ、はい。」
夏乃さんの後について歩き出し、改めて駒井を見ると、まだ同じスーツを着ている。ワイシャツだけは着替えているみたいだけど、家に帰っていなさそうだ。
「駒井。家に帰ってないの?」
「えっ。俺、臭い?」
駒井は、咄嗟にスーツの内側に顔を突っ込んで自分の匂いを嗅いでいる。
「そうじゃないけど、スーツ一緒だなって。」
「お、俺のこと気にしてくれてるの。嬉しいな〜。」
嬉しそうにスーツをバリっと着てます風に胸を張る。その姿がなんともはなにつくんだよね。
「ふん、気になんかしてない。臭いだけだよ。」
「もー。祝ちゃん、ツンデレなんだから。」
さっきまで真顔で怖い顔してた駒井が、いつものニヤつき顔でふざけるのは頭に来るよりも今はホッとした。
ムンテラ室に着くと、春吉さんとマコトさんが座っていた。春吉さんに会うのが、随分と久しぶりのように思える。
「祝。聞いたぞ。生方ってやろうとも戦ったんだってな。大丈夫か。」
「ハルさん。なんかお久しぶりです。」
春吉さんと話したら、急に涙が出てきた。
「おいおい。な、泣くなよ。大丈夫か?怖い思いさせたな。悪かった。謝るよ。ごめんな。それから、ありがとうな。祝いのおかげで、ホラ、俺も無事だ!」
春吉さんは優しい。マコトさんと同じくらい、優しい。それに比べて、駒井のヤツは、
「ハルさん。ハルさんが元気で嬉しいです。駒井!ハルさんのお言葉、聞いた?これが大人の優しさだからね。」
家にも帰れず働き通しの駒井に、今こんな事言わなくても良いんだと頭ではわかっていても、軽口でも聞いてないと、涙が出るのが抑えられそうもなかった。
「祝。泣いたり、怒ったり、忙しいわね。ほらおいで。少し落ち着こう。コマちゃんが経過を特別に教えてくれるから。」
マコトさんの隣に座って、子供みたいに涙を拭いてもらった。
夏乃さんは座らずにドアのところに立って、駒井は私たち三人の前に座った。
「まだ、本格的な聴取はこれからですが、結論から言うと。生方は斉藤がいた組織に指示され、斉藤を始末しに来たようです。」
マコトさんは、
「そう。」
わかっていたよに応えていたが、私は怖いのと、確認せずにはいられない複雑な気持ちになって、
「始末、、って。殺しに来たって事、、、。」
そう聞き返した。
「そうだね。ただ、生方は斉藤を本気で殺す気はなかったんじゃないかな。脅すくらいで、なんとか組織と手を打ちたかったんじゃないかと。」
「そうでしょうね。わざわざ止めに入る人間がいる所で襲ったりしない。」
「確かにそうですよね。そっか、殺す気なんてなかったんだ。」
私は、斉藤が心配と言うよりも、人が殺されるなんて恐ろしいことが起きなくてよかったと胸を撫で下ろした。
「まあ、斉藤の状況はいずれ組織の耳にも入るだろうし、生方に襲わせたことで、落とし前をつけた、そうするんじゃないかと思います。」
「え、それで?生方は捕まったけど、斉藤がいた組織は?そこはどうやって捕まえるの?」
駒井に尋ねたがすぐに返事は無く、絞り出すように、
「、、、今回は、これで決着、、です。」
駒井の言ってる意味が理解できない。
「これで決着って?」
「ま、そう言うことになるんだろうな。」
腕を縫うほどの怪我をした春吉さんまで、これで終わりみたいに言う。
「決着って、どういうことですか?斉藤のいた組織はどうするんですか?駒井だって、言ってじゃん!斉藤の組織がどう動くかって、それまで千花ちゃんやフィオさんの安全はわからないって!なのに、決着って。」
春吉さんが私の方に体を向けて座り直すと、
「千花ちゃんや俺、祝に怪我をさせたのは斉藤だ。その斉藤を襲ったのは斉藤と取引で揉めた生方。どこにも斉藤がいた組織は関係してない。」
「で、でも。そう、さっき駒井が言ってました。生方は組織から指示されて斉藤を襲ったって。ねえ、駒井言ったよね!」
駒井は一つため息を吐いて
「言ったよ。祝いちゃんの言う通り。生方は、斉藤を始末するように組織から指示されて斉藤を襲った。」
「ほら、だから組織だって、、、」
必死に春吉さんに訴えようとしたけど、もう私以外の皆の顔は諦めていた。
「祝の気持ちはよくわかる。俺だって納得できてる訳じゃない。でもな、生方は、必ず自分一人でやったと言うさ。そうしないと自分の命の保障がないから。斉藤との取引で揉めた、実際そうだって証拠も上がる。空港でのやり取り、千花ちゃんの家に向う斉藤をつける生方、その姿が防犯カメラ映像に残っている。そして病院で襲ったこと。全てが証拠になって下っ端の事件として終わるんだよ。」
「そんな、、。」
「生方もそれで終わらせたいんだ。だからわざわざ斉藤追う時、商店街の防犯カメラに姿を残した。麻薬の仲介をしてる奴がそんなヘマすると思うか?もう組織にも、警察にもこれ以上掘り返されないようにしたいんだよ。」
「警察にも?」
「ああ。警察がこの先も動いて組織に手がのびれば、出所後にどこまでも追われる。だから生方はいっさい俺たちに接触していない。俺たちに接点を持てば、警察が動くきっかけを与えてしまうからな。だから、千花ちゃんの家で斉藤を襲わなかった。本気で斉藤を始末するなら千花ちゃんの家で実行すれば簡単にできたはずだろ。」
春吉さんの話を黙って聞いていた駒井がため息をついて、
「そう言うことなんだよ。でも、これで千花さんやフィオさんの安全は保証されたってこと。もちろんハルさんと祝いちゃんの安全もね。」
「、、。じゃあ、逆に言えば、動いたら、生方だけじゃなく、四人の命も保障がないってこと?」
安心というより、どんどん追い詰められ行く。喉を締め付けるようで息をするのも辛くなって来た。マコトさんが私の背中を撫でながら、
「そんなことないわよ。組織だって何もしない一般市民を巻き込んだらどうなるかわかっている。」
「、、、そうでしょうか、、、。」
春吉さんも私を安心させようとこれでもかって笑顔で、
「それに、今回の事件は決着だけど。合成麻薬の方は麻取が動くさ。ねコマちゃん」
「ですね。」
皆んなが励ましてくれるがわかったし、嬉しかったけど、はたと思い出して
「そう言えば、駒井、警察病院だから安全とか言ってなかったけ?病院関係者の格好して襲って来るなんて、刑事ドラマみたいな事起きないって!その口が言ってたよね!」
「お、そんな事言える元気が出てきて良かったー。」
八つ当たりだ。完全なる八つ当たりを着替える暇もない駒井にしている。自分でもわかってる。マコトさんも春吉さんも夏乃さんもクスクス笑っていたけど、
「ちょっと、誤魔化さないでよ!駒井!言ったでしょ!」
なんか決着って言われて、八つ当たりが止められない。
「はい。言いました。言ってしまいました。」
するとクスクス笑っていた夏乃さんが立っていたムンテラ室の引き戸をいきなり開けた。
そこには一人の看護師が立っていた。




