三十 ラリアット再び
千花ちゃんがいるであろう病室に向かう影は、夏乃さんと背格好が同じくらい、同じ紺色のスクラブも着ていた。消灯時間が近づき少し薄暗くなった廊下を歩く姿は、夏乃さんよりも少し長髪にも見えたが、髪を下ろしたらこれくらいかと思ったので、
「ん?夏乃先生。」
と声をかけた。一瞬立ち止まったその医師は、私の方を振り返ることなく千花ちゃんの病室に歩き出した。
「人違いか、、。当直じゃないって言ってたもんね。」
そう思って、自分の病室のドアを閉めようとした時、その医師の右耳に光るピアスが目に止まった。
「アレ?この感じ。どこかで見た、、。あ!写真の、生方の耳。」
そうだ、目の前を通り過ぎた人物の耳は、あのピンぼけの写真に映る生方と同じ、ピアスを二つしている耳だった。
(まずい!千花ちゃんが襲われる!)
咄嗟にそう思った。
「ちょっとー!先生ー!どこに行くんですかー!」
そう叫ぶのと同時に体が動いた。
私の声に反応し、そのスクラブを着た生方らしき人物の足が早くなる。その反応に確信した。
(生方だ!)
ナースステーションに向かっていた警官が後ろから走って来るのが感じられたが、生方が病室に入るのを止められる気がしない。
(止めなきゃ!千花ちゃんが!)
また、あの時と同じ感覚。
頭はとてもクリア。
後ろから戻ってくる警官の存在もその距離もちゃんの認識できている。
「待って!」
そう叫んで、左手で点滴台を握り、右足は台の上に置き、左足で床を蹴った。
と、同時におでこの真ん中に力を入れ、
「ふー、うん。」
人前で浮き上がる訳にはいかない。
でも普通に走っても、点滴台に乗って滑ってもきっと間に合わない。
出来るか全く確証はないけど、点滴台ごと少し浮いて、床との摩擦ゼロで生方に向かうしか千花ちゃんを救えないって考えた。
「待てー生方ー!くらえー。ラリアットー!」
そう叫んで、点滴台ごと生方に突っ込んでいった。
クリアな頭は、確信できた。
(ヨシ!浮けている!点滴台ごと浮いてる!)
これで、生方を止められる。ラリアットを喰らわすことができる!
だが、
「祝ー!ダメよ!やめなさい!」
「えっ」
マコトさんの声がした。その時、順調に滑っていた点滴台がグラリと揺れ、急ブレーキでもかけられたように動かなくなった。
私の体はバランスを失い、前のめりで転がり込むように、点滴台ごと生方に突込んだ。
ーダダダーンー
二人で廊下の壁に激突した。静まり返っていた病室の廊下。その激突の音は廊下を駆け抜けるように響いた。
倒れ込んだ生方は私の背後から走ってきた警官によって確保され、私は駆け寄ったマコトさんに抱えられた。倒れた点滴のラインに血液が逆流していく、ラインはみるみる赤く染まって行った。
何よりも千花ちゃんが心配で病室を見ると、そこには190センチの巨体を丸め、耳に手をやり、怯えている斉藤の姿があった。
「え、斉藤?」
「そうよ。ここは斉藤の病室。」
私を抱えているマコトさんの言葉に
「ああ、、。なーんだ、、。」
千花ちゃんじゃなくてほっとして、気が抜けてように言葉が漏れた。
生方は警察に連行され、私は病室に戻って、点滴を差し直された。
帰るところだった夏乃さんが私を心配して駆けつけてくれた。薄桃色のワンピースを着た夏乃さんは、紺色のスクラブを着ている姿とは別人で、女の私でもドッキッとするほど綺麗。
「祝ちゃん。大丈夫?」
「あ、な、夏乃先生。すみません。帰るところだったんですよね。ご心配おかけして、、。大丈夫です。」
「無茶するにも程があるよ。怪我人なのに、本当におてんばだね〜。」
呆れ顔で私を見る夏乃さんの口調は、いつもと同じだ。
頭も打ったらしく、たんこぶができたのと、点滴が漏れて腫れ上がった腕以外は、生方がクッションになってくれたおかげだろうか、大きな音の割にたいして痛いところもなく済んだ。夏乃さんがため息をついて、
「明日、検査追加だな。退院はその結果見てからだね。」
そう言って、看護師に指示出しをしている。確実に、私が皆さんの仕事を増やしてしまった。
「ごめんなさい。」
「本当は、叱らないとだけど、千花ちゃんを守ろうとしたんでしょ。」
「、、はい。」
「今回は許す。でも、もう大人しくしててよ。」
「はい。ちゃんと寝てます。」
「よろしい。じゃあ、私は帰るね。」
夏乃さんが帰った後も、しばらくマコトさんは付き添ってくれた。
「ほら、もう寝なさい。祝が眠ったら帰るから。もう何も起きない。安心してゆっくり休むのよ。」
優しい言葉に泣きそうだったけど、点滴に鎮静作用の薬が入っていたのか、私はすぐに眠りについた。
翌朝、看護師に起こされるまで、ぐっすりと眠った。
マコトさんのところで働くようになってから、自分でもビックリするくらいよく寝ている。まあ、ビックリすることばかり起きてるのだから、心も体もヘトヘトなんだろうな。
朝食を終えるとすぐにMRIの検査室に向かい、頭の検査を受けた。昨晩、生方に倒れ込んだ時に、どこにぶつけたのか自分でも分からない。腫れ上がったたんこぶは痛いが、MRIは大袈裟に思えた。だが皆さんに迷惑をかけた身としては、おとなしく従うしかないと思った。
神妙にベッドに寝ていると、お昼ご飯が終わる頃にニヤニヤ顔の駒井が現れた。
「祝ちゃん、聞いたよ〜。ラリアット再びだって〜。」
「ふん。なんでいるのよー。あー。駒井の顔見たら吐き気がしてきた。胃の検査もしてもらおうかなー。」
「そんなこと言わないで。自分の怪我より、千花ちゃんを守ろうとした祝ちゃんを尊敬してるんだからさ。」
なんでそんな満面の笑みで私を見るんだ。それが尊敬している人を見る目だとでも言うのか。腹立たしい!
頭に来て駒井を睨んでいたら、夏乃さんが入って来て、
「コマちゃん。小学生じゃないんだから、好きな子には素直になりなさい。そんな態度じゃ、いつまでたっても彼女が出来ないよ。」
「そんな〜。違いますよ。僕は夏乃先生一筋です。」
「その性格変えないと、私もずーっと振り向けないわねー。」
「えー。」
相変わらず駒井の事は好きになれない。必殺技をおちょくる駒井を一生好きになれない自信があるけど、夏乃さんに振られた顔が面白過ぎて大笑いした。




