三 エントリーシート
テーブルにエントリーシートを広げて、タブレットに手を伸ばした。
「どこが目に止まらないんだろう?」
面接まで行けない企業もあった。もちろん高望み過ぎて、私の大学じゃあ通るはずも無いからと諦め半分でいたけど、今の私はそれでも何とかして面接まで漕ぎ着ける手段を探す元気に満ちている。
「人の目を引く事って何だろう?自分が面接官だったら?んーーーーー。」
練りに練ったエントリーシート、治せるところなんてあるはずもなかった。
「いや、あるはず!ミーは内定もらったんだもん。同じ大学。ボランティアだってミーより頑張った。何かあるはず。きっとある!」
そう思って一時間エントリーシートを見つめたけど。なかった。
「お代わりどうぞ。」
金髪女子がコーヒーを注いでくれる。
「これは、私のサービス。」
そう言って、コーヒーのソーサーにポケットから出してきた銀の紙包みを二つちょこんと置いてくれた。
「あ、ありがとう。」
彼女はウィンクし、少し微笑んでカウンターに戻って行った。包みを開けるとコーティングされたツヤっとしたチョコが顔を出した。口に頬張ると少しヒヤッとした。
「ん。あ。美味しい。」
少しずつ溶け出すチョコは思ったよりも甘く。コーヒーにとてもよく合う。
思わず笑みが溢れたけど、エントリーシートを手直しする知恵は溢れたこない。
「どうしたもんかな、、、。」
ため息まじりに紙のエントリーシートを手に取っていると、テーブルの横に立つ人影を感じてふと見ると、目深に帽子をかぶった、スラリとした女性が立っていた。
「ふふ。気が向いたらそのエントリーシートを持っていらっしゃい。」
そういうと、その容姿にピッタリのスラリとした指から、一枚の名刺がテーブルの上に置かれた。
「あ、えっと、、、。」
不意をつかれ、慌てて名刺を手に取り振り返ったが、その人は金髪女子がチリンチリンとベルを鳴らして開けた扉から、店を後にしていた。その後ろ姿を、
「マコトさんまた、明日。」
そう送り出している。窓際の席からスラリとした容姿の彼女が滑るように道を横断するのが見えた。
「モデルみたい。」
思わず呟くと、金髪女もその背中を見つめながら
「だよね。ホントにイケてる。マジ惚れちゃうよね。」
私の席まで来てそう言うと
「良かったじゃん。マコトさんにスカウトされたって事でしょ。事務所すぐそこだよ。」
そう言うと窓越しに通りの反対側を指差し
「あの川沿いの桜並木のとこ。行ってみたら良いじゃん。」
(一時間もエントリーシートを眺めていたら誰だって哀れに思うよね。)
何だかさっきまでの元気が音をたてて萎んでいく。
「ん。ありがとう。考えてみる。」
「そうだよ。とりあえず動いたほうが良いっしょ!毎日ここにも来れるじゃん。」
金髪女子の笑顔は、その髪と同じくらい眩しかった。
彼女がくれたチョコが口の中でゆっくり溶けるのを感じながら、テーブルに広げたエントリーシートとタブレットをカバンにしまい、
「ごちそうさまでした。」
そう言って会計を済ませると、カウンター越しに
「またお待ちしていますよ。」
ヒゲのマスターらしき男性が声をかけてきた。
「はい。また来ます。美味しかったです。ごちそうさまでした。」
そう言って店を後にした。
一駅だから歩こうかなと、線路沿いの道を歩きながら、コートのポケットにしまった名刺を手にした。
「P?」
名刺にはただアルファベットが一文字と電話番号が書かれていた。裏側には、手書きのような簡単な地図。
「めちゃめちゃ怪しいじゃん。何の仕事なのよ。全然わかんない。」
彼女の美しい容姿も、こうなると怪しげに思えてきて、
「もしかして、裏の仕事なんじゃないの。あ、怪しい荷物を運ばされるとか?誰かを連れ去る手伝いと?スパイ組織とか?行ったら最後、海外に売り飛ばされちゃうかもー。」
妄想が突飛すぎて、自分でもおかしくなり、誰もいない線路沿いの道で声を出して笑っていた。
「まあ、ちょっと浮くくらいじゃ、スパイ出来る特別スキルってわけでもないもんね。違うな〜。」
妄想が気分を少し押し上げて、部屋までの道は意外と楽しかった。
玄関にはどれだけ浮けるようになったかチェックするための姿見が立てかけてある。その前に立っておでこの真ん中にフッと気を入れる。
「よし。1センチ、、、あ、よりもイケてるかも!」
着実に成長してるんだと自分に言い聞かせる。だけど姿見の中に映る自分の全身に目が行った時、モデルのような人に声をかけてもらったのに、モデル事務所からのスカウトと全く頭に浮かばなかった自分の容姿に凹んだ。