二十九 回復力
生方って男がいつからウロウロしていたのか、警察は防犯カメラや聞き込みで確認しているそうだ。斉藤の記憶は戻るかわからない。とにかく生方を見つけ出すことが事件を終わらせる鍵になっている。
解せないのは、なぜ生方は一年半もの間逃げもせず、また斉藤の前に姿を現そうとしたのか。元々斉藤を騙し金を出さず、まんまと合成麻薬を手にしたのなら逃げたらいい。組織に黙って合成麻薬を横流しした斉藤の事は、組織が始末してくれる。そこまで考えたらふと分かった。
「あ、分かった。斉藤が組織に自分の事を話していないか。話していなくてもこれから話してしまうんじゃないか。生方はそれが心配になって斉藤を追いかけたのね!」
駒井はニヤリとして
「まあ、そうかもだけどね。」
「生方は、斉藤を狙っただけで、フィオさんや千花ちゃんの事を狙った訳じゃないよね。」
私はそうであって欲しいと、懇願するように駒井に尋ねた。
「フィオさんに偶然とはいえ、出くわした時は焦っただろうけど、自分に対しての反応で、生方はフィオさんは組織の人間じゃないと思った可能性は高い。」
「じゃあ、フィオさんも千花ちゃんも大丈夫ね!」
「生方に関して、たぶん大丈夫かもって感じぐらいかな。」
「生方に関しては?ってどう言うこと?」
「斉藤やその組織がどう動くのか、そこは未知だよ。」
「そんな、、、。」
「まずは生方を捕まえる。生方自身に斉藤の組織から追ってがきていたかを確認する。そこからだ。」
「、、、。」
また言葉が出なかった。そして私にできることは何もないことが、よく分かった。きっとしょぼくれた顔をしていたのだろう、駒井が優しい声で、
「祝ちゃん。ここは警察病院。心配はいらないよ。医療関係者になりすまして襲ってくる、なーんて祝ちゃんが大好きな刑事ドラマみたいな事は起きないさ。フィオさんも空港まで警察が迎えに行くから心配いらないよ。」
「うん。」
駒井の事は好きじゃない。私の事を犯人扱いもしたし、子供扱いもしたし、何より泣きそうになりながらも、必死で春吉さんと千花ちゃんを守った私のラリアットをいつまでもネタにする様なやつ。好きになれるはずないけど、今は駒井が頼もしく見える。駒井は、
「早く腕治るように大人しく寝てなさいよ。」
そう言って、病室を出ていった。
マコトさんは、私が食べ終わるまでそばにいてくれた。
「祝とハル、それに千花ちゃんが退院したらお祝いしよう。」
「はい。」
マコトさんの優しい声は不安を消してくれる。
「それから、退院したら美佐枝さんも紹介するね。優しくて穏やかな人。きっと祝も好きになるわよ。」
「はい。お願いします。」
マコトさんは、春吉さんの所に行くと言って、病室を後にした。駒井から聞いた話で不安になったけど、美佐枝さんに会える楽しみができて、少しだけ気持ちが軽くなった。ただ、春吉さんはそんなに美佐枝さんに詳しくなさそうだったが、私にはわざわざ紹介すると言ってくれた事が気になった。
お腹も満たされ、警察病院にいる安心感からか、いつの間にか眠りについた。次に目が覚めたのはもう陽が傾いたころ。病院は静かで、面会時間とかないのかと思うほどだ。ノックする音がして夏乃さんが顔を出してくれた。
「あ、起きてる?」
「はい。少し前に目が覚めました。」
「疲れてたんだね。お昼に顔出した時もぐっすり寝てたよ。お腹空いてない?もうすぐお夕飯運ばれてくるから、ちょっと我慢してね。」
「マコトさんの卵サンド食べたから、大丈夫ですけど、言われたらなんだかお腹空いてきました。」
「良き良き。元気な証拠だよ。食事の前に腕見せて。」
点滴に消炎鎮痛剤が入っているのだろう、痛みもだいぶ治まってきていた。
腕を少し圧迫していた包帯が取られると痛みが強くなるように思えたし、あの黒い腕を見るのは嫌だったから少し身構えたが、夏乃さんが
「若いって素晴らしいね〜。朝よりもだいぶ良いよ。てか、すごく良い!こんな患者さん初めてくらいだよ。祝ちゃん、どんな体してんの!」
自分でも驚いて腕を見ると、あの黒い腕はどこにもなく、薄紫や、黄色に変わっていた。
「本当だー。スゴい。夏乃先生、点滴に魔法の薬入っているんですか?」
夏乃さんは大きな声で笑って、
「そっか。私の治療のおかげかー。嬉しいこと言ってくれるねー。」
「本当にそうですよ!」
夏乃さんは、
「明日の朝までこのまま少し圧迫続けよう。その方が楽でしょ!」
「はい。」
夏乃さんが巻いてくれる包帯は少し湿布の匂いがする。湿布の匂いは子供の頃から好きだから、包帯が巻かれると、楽でもあるし心地良い。夏乃さんは春吉さんのお姉さんという安心感が気持ちまでも楽にしてくれる。
良い気分でいる所に、食事を運ぶ大きなワゴンが廊下を動くのが見えて、お腹がなった。包帯を撒き直してくれている夏乃さんが、
「お、胃腸も元気だ。こりゃ思ったよりも早く退院できそうね。」
「ご飯のワゴン見たら、すっごくお腹空きました。」
笑っている夏乃さん越しに、廊下を通りすぎるワゴンを見ていたら、ワゴンの向こう側に隠れるように歩く人影があるように思えた。
「アレ?面会時間って終わってますよね?」
「うん。終わってるよ。どうした?」
「ワゴンの向こうに誰かいたような?」
「うん?誰かいた?ちょっと見てくるよ。」
夏乃さんはそう言って、席を立ち確認しに行ってくれたが、特に配膳の看護師やヘルパー以外に人はいなかった。
「まだ、気持ちが昂ってるかな。もし夜眠れなかった無理せずに言って。私は今日当直じゃないから夜中はいないけど、申し送りしておくから。」
夕食が運ばれ、夏乃さんは『しっかり食べて』そう言って出て行った。
夜になり患者たちも寝る準備に入ったのか、ザワザワしていた病棟がまた静けさに包まれる。急にさっきのワゴンの向こうにいた人影がきになった。看護師がもう少しでに消灯になりますよと声をかけに来たが、
「んー。やっぱり気になるな、、、。」
点滴台をカラカラ押しながら病室の扉に手をかけ、ゆっくり開けると、ちょうど病棟の灯りが少し落とされた。
「薄暗いなあ。」
病院とか学校とかって、夜、特に灯りが落とされるとちょっと怖い。少し開けたドアから顔を左に向けると、警察官が立っている病室がある。
「あそこに、千花ちゃんがいるかな?。」
警察官がいるなら大丈夫とドアを閉めようとした時、ナースステーションの方で何かを落とす金属音がした。
「うわあ。」
看護師の大きな声も響き、ドアの所にいた警官が
「どうしましたか?」
そう言って立っていた病室からナースステーションに向かって走って行った。警官が私の前を通り過ぎるのと入れちがうように、影が不意に動いて、千花ちゃんの病室に向かって行った。




