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二  喫茶 クレ

 今、私の住んでいる町は、大学からは距離があるし、当然特急なんて便利な電車は停車しない。二つ先の駅まで特急で行ってもどる。でも今日は部屋にも戻りたく無かった。いつもなら二つ戻るんだけど、今日は一つ戻った所で電車を降りた。

 狭くて今どき珍しいオレンジ色の灯りの改札を抜けると、その町もオレンジ色に見える。

「ふう、なんだかホッとするな。」

実は、こちらの町に住めば良かったかと、この三年間何度も思った。

 スーパーはなく、八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さんにお豆腐屋さんと小さな商店がいくつも軒を連ねている。冬になるとおでん屋さんの匂いも漂ってくる、なんとも人間臭い町。長くこっちにいると人間臭い方が落ち着く。そう、決して人に近ずいているわけでも、なりたいわけでもない、はずだ。

 ところどころ穴の空いている片側だけのアーケードが、何ともレトロ感に拍車をかける。道の反対側には、低層界のビルが並んで窓越しに仕事をしている人たちが見える。その奥には古い住宅街が。

「大企業から溢れた人たちが暮らす町ってか、、、。」

まだ1センチしか浮く事ができない落ちこぼれたあなたにぴったりな町でしょっと、面と向かって言われたように感じた。いや違う。1センチも浮いている、、だ。やっぱり帰ろうかと思ったけど、帰る場所もないように思え、昭和レトロな喫茶店の前に立つ。

「喫茶クレ?内定くれー。」

ーチリンチリンー

ドアについた鐘が鳴った。

(運気終了の鐘の音ですか、、、。)

そう思っていると、金髪ロン毛チョー細眉の女子が

「お好きな席にどうぞ。」

と、カウンターに肘をついたままそう言った。

(なんか、良く無いものが付きそうな店だな。)

そう思いながら

「はい。」

短く返事をして窓際の四人がけの席に座った。

金髪女子がすぐにお水とメニューを持ってきて

「決まったら呼んでくださいね。ちなみに、食事とセットのコーヒーはおかわりオッケーなんで。」

「あ、了解です。」

金髪女子はサムアップをしてカウンターに戻って行った。

(やっぱ、昭和レトロはすごいなー。)

いやいやここは昭和じゃないし、と心の中で一人ツッコミをして、水の入ったグラスに目をやると

「えっ。きれい。」

思わず声が出るほど、透き通ったグラスだった。喫茶店でよく見る厚めの何度も洗った傷の入ったグラスを想像していたが、目も前にあるそれには、一切の傷はないどころか、少し黄色みがかった美しい光を放ったいた。思わず手を伸ばすと不規則な凹凸が温かみを感じる。

「ん〜、お水が美味しい。」

思っていたのと全く違う展開に、メニューも期待できたりして、と目をやると、そこは昭和レトロの喫茶店だった。

「なんか、逆に嬉しいかも。」

つい顔がほころんだ。メニューは写真付きで、ナポリタン、カレーライス、目玉焼きの乗ったハンバーグ、海老グラタン、だけだった。

「四択ねー。」

一ページに一つのメニュー。ページをパタパタとしていると、

「どれもおすすめですよ。ちなみに今日のカレーは牛テールのトロットロ煮込みパターンす。」

金髪女子がいつの間にかとなりに立ってそう教えてくれた。

「えっとー。あっ、じゃあカレーお願いします。」

「マジおすすめ。」

サムアップするとカウンター越しに

「マスター、カレーで〜す。」

なんか、牛テールが意外すぎてつい頼んでしまった。

 牛テールってシチューのイメージ。そう思っていると、

「シチューのイメージって思ってるしょ!」

そう言いながら金髪女子がカレーを運んできてくれた。

「心読めるのーって思ったしょ。」

「えっ。」

「ははは、マジお姉さん可愛い。」

金髪女子にそう言われれば言われるほど、自分の顔が赤くなる。人になんて、私の心が読めるはずは無い。だって将来私は、神使職になる身分なんだから。彼女はそんな私に構わず聞いてくる。

「コーヒーも紅茶もアイスにできますよ。お代わりは、ホットにもなるし。どうします?」

「じゃ、じゃあアイスコーヒーで。」

金髪女子は、サムアップにウインクを添えてカウンターに戻って行った。

(なんか、言いなりじゃん、、、。手玉に取られてる、、、。)

今の私はどうでも良いことにでも落ち込んでしまう。

 一つため息を小さく吐いて、カレーライスにお決まりのスプーンに巻かれた紙ナプキンを外すと、そこに現れたのは、思ったよりも細くて傷の無いスプーンだった。水のグラスにも驚かされたが、美しい曲線の細身のスプーンのも思わず声が出た。

「アレッ。カレーのスプーンなのに、」

「細いっしょ。」

金髪女子がアイスコーヒーをテーブルに置きながら、私の言葉を奪っていた。

「化粧してるお客さん用。」

「へ〜。」

「使ってみると分かるっすよ。サラダ用に箸、置いておきますね。」

箸に目をやると、紙ナプキンでおられた花の箸おきに置かれたいた。

(なんか、、、ステキじゃん。)

落ちこぼれの町なんて思った自分が段々と恥ずかしくなってきた。

 その思いは、サラダを口運んだ時も、カレーの牛テールにスプーを入れた時も、それを口に運んだ時も大きくなっていった。

サラダは、きちんと水が切れて、シャキッとしていたし、ドレッシングも甘さと酸味が最高だった。

牛テールは、ホロホロと崩れるのに口の中でカレーに負けない旨みが溢れでた。

スプーンもちょうど良い。思いっきり口を開けなくても良い、かと言って満足できる量が口の中に運ばれる。

「、、、全部が凄い。」

特に食に詳しくもこだわりもないけど、思わず声に出た。夢中で食べて、最後のひとすくいまで舐めるようにスプーンですくった。サラダもドレッシングさえ残さないように綺麗に食べた。

「美味しかったしょ。これ、マスターからのサービス。」

金髪女子がプリンの乗った小さな銀食器をテーブルに置いて、ホットもあとで持ってくるねとカウンターに戻って行った。

(どうしたんだろ。なんか、、、涙出てきた、、、。)

負けた気がした訳じゃない。なのに涙が溢れる。

自分の感情に追いつけないでいたけど、涙と同時に元気も出た。

プリンとアイスコーヒーだけが残されたテーブルにタブレットと紙のエントリーシートを広げた。

(まだまだ、頑張れる。向こうに戻るためにも頑張らないと!)

今度は、やる気が頬を赤くしていくのが分かった。




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