十七 想い
目の前で起きていることが理解できない。全くできない。
由美子がナイフを振りかざし、、ては無いけど、ナイフを手に私の腕の中にいる。でも私の手を振り解こうとはしない。
目の前のマコトさんは、腰にタオルを巻いて髪を拭いている。
胸がぺったんこ、っていうかしっかりとした筋肉の胸。腹筋は美しいシックスパッドのマコトさんが髪を拭いているんだ。
彫刻刀で彫ったみたいに整った美しい顔。その顔の下には、彫刻刀で彫ったボデー。ダビデ像マコトが目の前にいる。
チルで卵サンドを食べていたおじさんの
「娘さんじゃないよ。」
お花屋さんの千花ちゃんの
「違います。マコトさん綺麗ですもんね。」
レトロ喫茶クレの夢ちゃんの
「マジ、惚れちゃうよねー。」
そうか、こう言うことか。娘じゃないわけだ。だって男なんだから。ホント、マジ、惚れるさ。あの時、マコトさんを好きな気持ちが湧いた自分にも納得できた。
奏さんにとって、人生で一番辛い時なのに、私は何を考えているだろうと思っていたら
「何?いきなり。おばさん、誰?」
マコトさんの口からも、何って言葉が飛び出した。
(お、おばさんて!目の前に居るの、マコトさんだよね?なんか、口、悪い。由美子さんにおばさんって?なんで?)
ただでさえ混乱しているのに、きっと私の目は点になっている。
「お、おばさんて、、、。あんたこそ誰よ!奏を返しなさいよ!」
止まっていた由美子がまた暴れ出そうとしたので、私も我に帰って由美子を押さえている手にグッと力を入れた。
「返す?なんだよそれ。フッ、奏は物じゃない。奏はお前の物でも、俺の物でもない。」
なんか良くわかんないけど、マコトさんが、俺って言ってるのにキュンとしちゃう。
「おばさん、何か勘違いしてないか。奏はもう大人。自分の意思でここにいるんだよ。」
マコトさんはそう言って、奏を上半身素肌の胸に抱き寄せた。なんか、羨ましい。いやいやそうじゃない。マコトさんは必要に、いやそれ以上に由美子の感情を逆撫でしている。
「奏、離れなさい!あんた、ホストか何かでしょ!奏!騙されているのよ!わからないの!あんたがそんなだから、お父さんも呆れて家を出て行ったのね!そうよ、あんたのせいよ!あんたのせいで、お父さんもお母さんも私から離れて行っちゃたのよ!あんたが、私からお父さんと、お母さんを取ったのよ!奏!あんたさえ居なかった、お父さんもお母さんも私の事だけ大切にしてくれたのに!何よ!後から現れて、全部私からむしり取った!それなのに、それなのに、、、、。」
私は由美子のいきなりの変貌ぶりに驚いた。由美子は、腕の中で喚いていたかと思えば、いきなり声を上げて泣いた。大きな声を上げて。それはまるで、幼稚園に通う幼児の鳴き声のようだった。
「、、、お姉ちゃん、、、。」
由美子の心からの叫びっだったのだろう。奏を傷つける叫び。でも何故だろう、奏は傷ついているように見えない。むしろその逆のような。
「いきなりごめんなさい。驚かせたね。」
マコトさんはいつものマコトさんに戻って、優しく奏さんをその胸から離した。
「あ、いえ。大丈夫です。」
奏さんは何を大丈夫と言ったんだろう。いきなり抱き寄せられたこと?それとも由美子の言葉?
マコトさんは、その場にあったTシャツをサッと着て、腰に巻いていたタオルを取った。
「キャッ!」
私は一瞬目を閉じた。薄目を開けると、短パンをしかり履いているマコトさんが立っていた。
(そりゃそうよね。)
マコトさんは子供の様にしゃくり上げながら泣き続ける由美子に近づき
「それなのに、、、何?」
「、、、。」
「それなのに、奏さんを何?」
「そ、それなのに、、、き、嫌いに、、なれない、、。奏さえ生まれて来なければ、、、。それなのに、、、それなのに、、、。どうして嫌いになれないの、、、。どうして心配しちゃうんだろう、、、。」
「お姉ちゃん、、、。」
「お姉ちゃんなんて呼んで欲しくない、、、。あんたがお姉ちゃんって呼ぶから、私、我慢しなくちゃって、、、。お姉ちゃんって呼ばれると、、頑張らなくちゃって、、、。頑張りたくなんかない、、、。私だって、お父さんとお母さんにずっと、ずっと、一番で甘えたい、、、。一番で、、、。」
「ごめんね、私が生まれちゃったから、、、。ごめんね。」
「違う、、。そうじゃない。違う、違う、、、。ごめん、ごめん、そうじゃない、、嬉しかった。奏が、赤ちゃんの奏が私の手をギュッて。嬉しかたんだ。お母さんに甘えちゃいけないって、思っちゃったから、、、。私のせいなのに、、、。ごめんなさい。」
「お姉ちゃん、、、。」
私は、由美子の手からナイフを取って彼女を押さえていた手を離した。
いつの間にか私の後ろに立っていた春吉さんが、持っていたスマホをマコトさんに手渡すと
「だそうですよ、建人さん。聞こえていましたか。由美子さんの本当の気持ち。」
「え、建人さん!」
驚いて思わず叫んだ私に、春吉さんがシッと口手をやった。
「我慢強い、家族思いの娘さんとお話しされますか。」
『はい。代わってください』
マコトさんは由美子にスマホを手渡しながら、
「どんなにあなたを思ってくれる人にでも、ちゃんと言葉にしないと、気持ちは伝わらない。わかりますね。さあ。」
「はい。」
由美子はスマホを握りしめると、奏に視線を送った。こんな時にでも、奏を思いやっている。それに応える様に奏は由美子に寄り添って、二人は父親に思う存分、気持ちをぶつけていた。




