十 私の居場所
隣の部屋に続くドアを通ると、キッチンとリビングダイニングが一部屋にある空間だった。広い。今いた部屋より、私の借りているアパートの部屋全部より広い。
キッチンの横には、大きな冷蔵庫。その横にはこれまた大きなワインセラー。テーブルには六脚の椅子。お昼寝に最適な大きなソファーに、天井からは、これまたお昼寝にぴったりのハンモックが吊り下がっている。
「なんてオシャレな!」
って声が出てしまうのも当然。
「な、めちゃ居心地いいぜ。良すぎて大学サボるなよ。」
春吉さんはそうニヤニヤしながらその奥の階段に向かっている。確かにあのハンモックに揺られたら抜け出すのは難しそうだ。
「それからな、マコトさんなんでもって言ったけど、セラーは勝手に開けるなよ!」
「えー。ダメですかー!」
「当たり前だろ!お前が何年働いたって買えそうもないワインだって入ってるんだぜ!」
そんなこと言われちゃうとセラーが気になってのぞいてみた。
「あ、マルゴー。ラトゥール。ロートシルト。シャンベルタン。それから、、、。」
「おいおい、マジかよ。ワイン好きか!本当に開けるなよ!」
春吉さんの慌てた顔がちょっと面白かったけど、
「へへへ、残念ながら、アルコール類は飲めません。」
「なんだよ。驚かせるなよ。それにしても良く知ってるな〜。」
「飲んだことないですけどね。」
春吉さんは変な奴って顔しながも、
「ここから三階に上がるから。」
上がり口には引き戸がついていて、階段の入り口を閉めうことができるようだ。
(防火扉?にしては木製か?)
階段の上がり口には壁側にもう一つドアがあるように思えた。
「ハルさん。ここ、開くんですか?」
そう尋ねると
「お前、ちゃんとハルって呼べるじゃん。」
「呼べますよ。ってか、お前、じゃなくて祝です!」
少し頬を膨らませてそう言うと
「だな、ワリイ、ワリイ。しかし本当に良く周りに目がいくな〜。そこ、開くけど、開けるなよ!」
「なんですかそれ?開くけど開けるなって?」
「先が無いから、落ちるぞ。」
「マジですか!」
「おお、マジだ。」
じゃあ、なんでドアがあるだよって言いたかったけど、そのうち聞けばいいやと、すっかりここで暮らす気になってる自分がいた。
階段を上がると、少し薄暗い廊下があって、部屋のドア、、、かな、横並びに3つと正面に一つある。
「ここ使っていいぞ。」
そう言って、一番手前のドアを開けてくれた。
「わあ!」
広さは今のアパートと同じくらいだけど、正面と、右側に窓があり、とっても明るい部屋。右の窓からは桜並木が見えて一日中でも過ごせそうなほど。
ベッドもある。小さなテーブルと椅子も。入り口にトイレとシャワーブースがある。別々でありがたいけど、良くを言えばお風呂が欲しいかな。
「いい部屋だろ。」
「はい。」
「ちなみにだけど、お前、風呂がないとか、贅沢なこと思ってないよな。」
ドキッとしたけど、春吉さんにならなんでも言えちゃう気になっていて、
「もー祝です!ハルさん、心読めるんですね。」
と、素直に言ってみた。
お前には貸してやんないって言うから、マコトさんから借りるんです!って夫婦漫才かってほど笑いながら春吉さんとくだらない、でも平和なやりとりをしている。何よりも、さっき会ったばかりの春吉さんに心を許しちゃってる自分に正直驚いた。
部屋には小さな冷蔵庫もついていた。
「お前、、、じゃなくて、祝。アパートに冷蔵庫持ってるだろ。引越しの時にここのと取り替えてやるからな。これじゃ小さいだろ。」
なんか、優しい。
「ありがとうございます。でも下のキッチンに大きい冷蔵庫あるし。私のリサイクルセンターでもらえるくらい古いから、このこを使わせてもらいます。」
そう言うと、春吉さん顔を横にしながら、キスでもするのかってほど近付いて
「ホンーーートに、金ないんだな。」
そんなにしみじみ言われちゃうと、悲しくなる。
でも楽しい。マコトさんにPの名刺をもらって、妄想も膨らんで不安もあったのに、内定ゼロの悲しき身だからノコノコとここまで来ちゃった。
自分の思っていたのとは、全く違う展開。なんだか考えることを取り上げられて、どんどん流されてここまで話が進んじゃったけど、久しぶりにお腹から笑っている。
(居心地、いいな〜。スゴくいい。マコトさんも、ハルさんも居心地のいい人なんだな。)
私が居るべき場所は本当はここじゃないけど、もう直ぐ咲きそうな桜の蕾も歓迎してくれているようで、この部屋からのお花見が待ち遠しくなっていた。




