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再会

ep.9 再会


新しい生活にも慣れてきた、ある日の夜。スマートフォンが、久しぶりに優しく光った。画面に表示されたのは、「凛」の二文字。

少し躊躇しながらも、メッセージを開くと、短いけれど、強い決意を感じさせる言葉が綴られていた。

「希さん、時間が経ってしまいましたが、やはり、ちゃんとあなたと話したいと思っています。近いうちに、会えませんか?」

「ちゃんと話そう」

その言葉が、胸にずしりと響いた。逃げてばかりいても、何も解決しない。いつかは、彼と向き合って、全てを打ち明ける必要がある。

けれど、まだ、心の整理は ついていない。彼に何を話せばいいのか、どういう顔で会えばいいのか、考えると、胸が締め付けられる。

それでも、彼の真剣なメッセージは、希の心に、小さな勇気を灯した。彼もまた、この状況を終わらせたいと思っているのかもしれない。

深く息を吸い込み、希は、震える指先で返信を送った。「……はい。私も、お話したいです。いつがご都合よろしいですか?」

すぐに返信が来た。「ありがとうございます。週末はいかがでしょうか?あなたの都合の良い時間に合わせます」

週末。それは、すぐそこまで迫っていた。希は、再び、心の準備を始めた。

約束の週末、希は、彼との待ち合わせ場所である近所の公園へと向かった。心臓が早鐘のように打ち、足が震える。彼に、どんな顔で会えばいいのだろう。何を話せばいいのだろう。

公園の入り口で、林田凛が、少し不安そうな表情で立っていた。その姿を見た瞬間、希の胸が締め付けられた。

「凛さん……」

希が声をかけると、彼は、少し驚いたように顔を上げた。

「希さん……来てくれたんですね」

彼の声は、少し掠れていた。

「はい……」

二人の間に、しばらく沈黙が流れた。どちらから口を開けばいいのかわからなかった。

先に口を開いたのは、希だった。「あの……ごめんなさい。今まで、連絡もせずに……それに、週刊誌の件も……」

深々と頭を下げる希に、林田凛は、静かに言った。「顔を上げてください、希さん。謝らないでください。僕こそ、色々と、ごめんなさい」

彼の言葉に、希はゆっくりと顔を上げた。彼の瞳は、優しく、そして、どこか悲しげだった。

希は、震える声で、ずっと心に引っかかっていた、一番聞きたくないけれど、聞かずにはいられない問いを口にした。

「あなたの……心臓は……陽向の……父親なの?」

公園の静けさの中、その言葉は、重く響いた。林田凛は、驚いたように目を見開き、希の顔をじっと見つめている。

林田凛は、希の問いに、ゆっくりと首を横に振った。

「いいえ……陽向くんのお父様は、心臓移植は……されていません。事故で……」

彼の言葉は、慎重に選ばれているようだった。

林田凛は、少し息を呑んだ。

「……はい。透さんが亡くなられた日と、僕が心臓移植を受けた日は、同じ日です」

彼の言葉は、重く、静かだった。

「病院も……同じ病院でした」

その言葉に、希は全身の力が抜けていくのを感じた。偶然にしては、あまりにも符合しすぎている。

「そんな……」

声は、震えて、ほとんど言葉にならなかった。

「だったら……」

希は、言葉を探した。頭の中は、様々な感情が渦巻いて、まとまらない。驚き、混乱、そして、ほんの少しの希望のようなものも、胸の奥に 感じた。

「だったら……あなたの心臓は……」

言いかけた言葉を、飲み込んだ。信じられない。そんなことが、本当にありえるのだろうか。

希は、確信に近い思いで、林田凛の目を見つめた。

「間違いない……透の心臓は……あなたの中にある」

それは、問いかけではなく、静かな断定だった。様々な偶然が、ありえない符合が、そう告げている気がした。

希の言葉に、林田凛は深く息を吸い込んだ。彼の瞳は、揺れていた。

「そう……かもしれません」

彼は、ゆっくりと頷いた。

「初めて希さんに会った時、なぜか、とても懐かしいような、不思議な感覚を覚えました。陽向くんが、僕を『パパ』と呼んだ時も……心が、強く 心臓がずきんと動くんです」

彼は、自分の胸に手を当てた。

「もし、僕の中に透さんの心臓があるとしたら……希さんが僕に好意を持ってくれたのは、ただの偶然ではないのかもしれません」

彼の言葉は、重く、そして、どこか運命的な響きを持っていた。

林田凛は、希の言葉を真剣な眼差しで受け止めた。そして、ゆっくりと、しかし力強く言った。

「そうかもしれません。この不思議な繋がりが、希さんが僕に好意を持ってくれた理由の一つなのかもしれません」

彼は、まっすぐ希の瞳を見つめた。

「けれど、僕の気持ちに、1ミリの迷いもありません。初めて希さんに会った時から、そして、陽向くんと出会ってから、僕は、お二人を大切にしたいと、心から思っています。それが、透さんの心臓のせいだとしても、そうでなかったとしても、僕の気持ちは、決して揺らぐことはありません」

彼の言葉は、温かく、そして、確信に満ちていた。

林田凛は、少しだけ眉をひそめた。

「週刊誌の件ですね……正直、全く影響がないとは言えません。事務所も対応に追われていますし、ファンの方の中には、色々と思う方もいるでしょう」

彼は、少しだけ周囲を気にするように視線を動かした。

「でも……それは、僕の仕事のことであって、希さんや陽向くんに、迷惑をかけるようなことは絶対に避けたいと思っています」

彼は、再び希の目を見て、真剣な表情で言った。

「大丈夫です。どんなことがあっても、僕が、希さんと陽向くんを守ります。世間の声に、僕たちの気持ちが左右されるようなことはありません」

彼の言葉は、力強く、希の不安を少しだけ和らげてくれた。それでも、これから起こるかもしれない騒ぎへの懸念は、完全に消えるわけではなかった。

希の瞳は、揺れていた。彼の真剣な言葉は、確かに心に響いたけれど、この複雑な状況を考えると、未来への不安が拭いきれない。

「それでも……これからも、ずっと一緒にいても、いいの……?」

それは、彼への問いかけであると同時に、自分自身への問いかけでもあった。過去の影を引きずりながら、この新しい関係を築いていくことができるのだろうか。彼の心臓に宿る、愛しい人の記憶と共に生きていくことができるのだろうか。

「もちろんですとも。希さんと、陽向くんと、これからもずっと一緒にいたい。それが、僕の心からの願いです」

彼の瞳には、温かく、確信に満ちた光が宿っていた。

堰を切ったように、希の目から涙が溢れ出した。それは、悲しみや不安だけではなく、安堵や喜び、そして、これまで押し込めてきた様々な感情が入り混じった涙だった。

声を上げて泣き崩れる希を、林田凛は優しく抱きしめた。彼の温かい腕の中で、希は、張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、力を失っていくのを感じた。

「いままで……なんだったんだろう……」

嗚咽混じりの声で、希は呟いた。愛しい人を失った悲しみ、一人で子育てをしてきた苦労、そして、予期せぬ形で現れた彼への複雑な感情。それらが全て、この涙の中に溶け込んでいるようだった。

林田凛は、何も言わずに、ただ静かに希の背中をさすっていた。彼の温もりと、優しい рукиが、希の凍てついた心を、少しずつ溶かしていく。

泣き続ける希の肩を抱きながら、林田凛は、静かに言った。「もう大丈夫ですよ。僕が、ずっとそばにいます」

その言葉が、希の心に、じんわりと染み渡った。

泣き腫らした目のまま、希は、林田凛と週に一度のデートを始めた。陽向を実家に預け、二人だけの時間を過ごす。カフェでゆっくりと話したり、映画を見に行ったり、時には少しおしゃれなレストランで食事をしたり。

これまで、どこか遠慮があった二人の間に、遠慮のない笑顔と、温かい言葉が溢れるようになった。林田凛は、希の過去の悲しみを受け止め、優しく包み込んでくれた。希もまた、彼の抱える複雑な過去を知った上で、心から彼を愛おしく思った。

何よりも大きかったのは、二人の間に、確かな信頼と愛情が育まれていることだった。運命的な繋がりがあったとしても、二人が惹かれ合ったのは、お互いの人となりだったのだと、改めて感じることができた。

そして、何よりも、陽向が心から二人を慕っていることが、希にとって大きな喜びだった。「リン、大好き!」と無邪気に笑う陽向の姿を見るたびに、この新しい家族の形が、かけがえのないものだと実感した。

週に一度のデートは、二人の心を繋ぐ、大切な時間になった。そして、その温かい気持ちを胸に、希はまた、陽向との日常に戻っていく。

毎日が、以前とは比べ物にならないほど、色鮮やかで、楽しいものに変わっていた。愛する人がそばにいる喜び、そして、愛しい息子の笑顔。それらが、希の毎日を、温かく照らしていた。

穏やかな春の陽光が差し込むリビングで、陽向は積み木を高く積み上げ、得意げな顔で希を見ている。隣では、林田凛がコーヒーを飲みながら、優しくその様子を見守っていた。

「見て、ママ!リン!おっきくなった!」

陽向の声に、希は笑顔で応えた。「すごいね、陽向。もうすぐ天井まで届きそうだね」

林田凛も、「本当に上手になったなあ」と感心したように頷いた。

週末の、いつもの穏やかな風景。3人で過ごす時間が、希にとっては何よりも大切だった。週に一度のデートに加え、週末はできるだけ一緒に過ごすようにしていた。

「ねえ、凛さん」と、希はコーヒーカップをソーサーに戻しながら言った。「この間話してた、遊園地のチケット、そろそろ予約しないとなくなっちゃうかも」

「ああ、そうだね。陽向が行きたがってたもんね。いつにする?」

「陽向の保育園が休みの日がいいかな。再来週の土曜日とか、どう?」

「うん、大丈夫だよ。僕も、その日は空けておくから」

陽向は、二人の会話を聞きつけ、「遊園地!遊園地!」と手を叩いて喜んだ。

「やったー!リンとジェットコースター乗る!」

林田凛は、笑いながら陽向を抱き上げた。「ジェットコースターは、もう少し大きくなってからにしようか。でも、楽しい乗り物、いっぱいあるからね」

希は、そんな二人のやり取りを、温かい眼差しで見つめていた。半年という時間は、決して短くはない。その間に、二人の関係は、より深く、確かなものになっていった。

「あのね、希さん」と、林田凛は陽向を抱きながら、少し照れたように言った。「そろそろ、ちゃんと考えたいと思っていることがあるんだ」

希は、ドキッと胸が高鳴るのを感じた。「……なに?」

林田凛は、陽向をそっと床に下ろし、希の方を向いた。その瞳は、真剣そのものだった。

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