27 .理解できない
——えっと……これは、どうすればいいんだろう? ここで泣かれたら大変だから慰める? レガッタ様の誕生日パーティーだから大事にはしたくないもんね。でも、すっっっごく慰めたくない。どうしよう。
「あ! おうかがいしたいことがあるんです」
「え? なに? あなた、変じゃない?」
泣き出しそうな面持ちだったのに、一瞬だけ訝しげに睨まれた。
でも、すぐに眉尻も目尻も下げた顔に戻っている。
「どんな精霊魔法が使えるんですか?」
「まだ練習中なので分かりません。早く使えるようになりたいのに、使わさないようにと邪魔をされるんです」
ダフニは、突然何かに気づいたように顔を上げて、怯えるように体を震わせはじめた。
「まさか……アイビー様がカディス様を取られまいと、ルージュさんに命令をしているんですか?」
何を言い出すんだろうと、アイビーはコテンと首を横に倒した。
ルージュは、相変わらず我関せずを貫いている。
「私が精霊魔法を使えると、カディス様に捨てられてしまいますもんね。でも、そんなことをするのは良くないです。カディス様にバレたら国外追放されてしまうかもしれませんよ」
「あの、1度説明をしたと思うんですが、私がカディス様に捨てられることはありませんよ。精霊魔法が使えるかどうかは関係なく、カディス様は私を好いていますからダフニ公爵令嬢が選ばれることはありません」
「ひどい……私が元男爵令嬢だからって見下すんですね……」
涙を溢す寸前だったダフニは、どこかに足早に去って行った。
理解できる部分が1つも見つからなくて、アイビーは呆然とダフニの後ろ姿を見送るしかなかった。
「あなた、カディス殿下と合流しないの?」
ようやくルージュが声をかけてくれた。
アイビーは、意味不明なダフニのことは宇宙の彼方に放り投げて、ルージュに微笑みかける。
「挨拶はすると思いますが、今日はレガッタ様のエスコート役ですので合流はしませんよ」
「そうなのね。今日じゃなくてもいいから、さっきのこと話しておきなさいよ」
「会話ができなかったダフニさんのことですか?」
「そうよ」
「分かりました。話しておきます」
頷いたルージュに美味しかった料理を勧めようとしたが、戻ってきたスペクトラム公爵の声が先に発せられ、伝えることができなかった。
「ルージュ。ダフニはどこに行ったのだ?」
「いつもの発作です」
「全く、将来王妃になるのに困ったものだな」
スペクトラム公爵は、わざとらしく吐き出したため息の後、にこやかにアイビーを見てきた。
「これは失礼したの。本音が溢れてしまったわい」
「いいえ、問題ありません。カディス様の妻は私ですが、違う国に嫁がれて王妃になられるかもしれませんから」
1拍分目を点にしたスペクトラム公爵は、愉快そうに声を上げて笑い出した。
興味津々と周りが見てくる中、クロームが戻ってきた。
「アイビー、何かあったのかい?」
「何もありません。楽しくお喋りしていました」
「そう。楽しかったならよかったよ。レガッタ殿下たちの周りが少なくなったから、そろそろお祝いを伝えに行こうか」
「はい」
クロームがスペクトラム公爵に会釈だけの挨拶をしたので、アイビーもクロームを見習って同じように小さくお辞儀をした。
「ふん」と鼻から息を吐き出したスペクトラム公爵は、ルージュをつれて背を向けて離れていく。
「さぁ、行こうか」
笑顔で差し出されるクロームの手をとって、レガッタとカディスの元に足を運んだ。
「レガッタ様、誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございますわ。それと、今日はお兄様をお借りして申し訳ないですわ」
「私にはお父様がいてくださるので大丈夫ですよ。カディス様とたくさん踊ってください」
「アイビー、余計なこと言わないで。レガッタは本当に踊ろうとするから」
「まぁ、お兄様。私だってきちんと弁えていますわよ」
「じゃあ、1曲だけいいね」
「酷いですわ。はじめの1曲と中頃にもう1度、そしてラストダンスも踊りますわ」
「はぁ、ラシャンがいれば2曲押しつけるのに……」
ラシャンの名前が出ると心に隙間ができたように寂しくなるが、カディスとレガッタのいつものやり取りにほっこりもする。
「アイビー、明後日から楽しみですわね。遊んでくださいましね」
陛下に誘われた避暑地グルーミットに向かって、明後日出発することになっている。
陛下の護衛としてクロームも伴うが、クロームは一部隊を率いて同行するのでアイビーとは一緒に行動しない。
アイビーはチャイブとルアンをつれて、カディスとレガッタと共に過ごすことになっている。
「はい、乗馬楽しみですね。それに、魚釣りができる川があると聞きました。涼みに行きたいですね」
「魚釣りですか? アイビーはできますの?」
「得意です」
「まぁ! 私もやってみたいですわ」
レガッタがチラッとカディスと見やると、カディスは諦めたように肩を下げた。
「口が固い者だけで行くようにしないとね」
「ありがとうございますわ、お兄様!」
手紙では気にしていないようだったが、イエーナのことで胸を痛めていたらどうしようと心配していた。
でも、満面の笑みで飛び跳ねそうになるほど喜んでいるレガッタに、杞憂だったと安堵し、アイビーはクスクスと笑いを漏らしたのだった。




