26 .元気ではないらしい
レガッタの誕生日パーティーは、カディスと衣装を揃えているが、カディスがレガッタをエスコートすることになったので、アイビーは父のクロームと入場している。
本来レガッタをエスコートするはずだったイエーナは謹慎中とのこと。
イエーナとの出来事は、アイビーは夕食の席でクロームに「こんなことがあってムカついたの」と軽くだけ話し、カディスから陛下には事細かく報告が上がった。
話を聞いた大人2人は、頭を抱えた。
クロームは、その夜のうちに公爵家秘密会議で、クレッセント公爵とスペクトラム公爵に事態を共有した。
イエーナの父、スペクトラム公爵は盛大に息を吐き出し、「宰相の件は白紙に戻そう。やはり私の息子には無理だったようだ」と申し訳なさそうにしていた。
陛下には、昨日の朝、その旨が臣下たちの進言として伝えられている。
そして、イエーナ・クレッセントは宰相候補からは外されることになった。
王妃がどんなに望んでも、陛下の決定を覆すことはできない。
ただ、宰相候補から外れただけで、まだ婚約破棄にはなっていないそうだ。
という流れを、昨日の夜、チャイブが教えてくれていた。
そして今日の朝一で、どこから聞いたのかレガッタから、アイビーがイエーナたちを怒ったことへのお礼と、どうして破棄してくれないのかという愚痴が書かれた手紙が届いた。
パーティーでやっと会えることも楽しみと綴られていて、読んだアイビーは大きく頷いていた。
王城行きの馬車の中で、婚約破棄の件をクロームに尋ねると「まだみんな子供だからね。意識を変えて頑張る機会が必要なんだよ」という表向きの話と、「婚約破棄は醜聞になると王妃殿下が許可しないんだ。もう十分不名誉な噂はあると思うんだけどね。まぁ、陛下は宰相候補の撤回を了承させるために、婚約を続けることは承認したんだと思うよ。陛下は念のため他の候補者を探すみたいだしね。さすがにイエーナ公子はやり過ぎたからね。まぁ、これからレガッタ王女に尽くすなら破棄に繋がることはなくなるね」と詳細を教えてくれた。
ちなみに、後日チャイブが内密に話してくれたことだが、クレッセント公爵家が仲裁に入り、ヒースロー子爵令嬢を救ったことになっている。
イエーナのせいでもあるからという理由付けで、ヒースロー子爵家を手駒にしたそうだ。
王家からも睨まれる可能性があったのだから、かなり恩を感じているらしい。
夜の秘密会議でクレッセント公爵がニヤニヤしていたと、クロームが溢していたそうだ。
レガッタの誕生日パーティーも他のパーティー同様、最後に王族が入場し、陛下とレガッタの挨拶で幕開けした。
レガッタの周りが空いてからお祝いを伝えに行こうと決め、アイビーはクロームと一緒に食事をすることにした。
カディスやラシャンといる時は囲まれるのに、今日側にいるのがクロームだからか誰も近寄ってこようとはしない。
のびのびと気になる料理を試すことができて、いつもよりパーティーが楽しい。
「よく食べるご令嬢だな、ヴェルディグリ公爵よ」
少ししがれた声の方に顔を向けると、口は笑っているのに目は笑っていないスペクトラム公爵がいた。
いつも通りスペクトラム公爵と行動を共にしていたようで、スペクトラム公爵の後ろにルージュとダフニがいる。
「私の娘は食べている姿も愛らしいですし、綺麗に美味しくいただくことは料理人を褒めることに繋がりますからね。私の娘は男漁りをするような令嬢とは違うんですよ」
「食べてばかりでカディスに愛想を尽かされるかもしれんぞ」
「まさか。カディス殿下がアイビーにベタ惚れなんですよ。フることはあってもフラれることはありませんよ」
「はっはっは! 大きく出るもんだな」
「事実ですから」
笑顔で睨み合う2人のタイミングを計ったように、公爵2人に声がかかった。
クロームは、目尻を下げながらアイビーの肩を掴んでくる。
「アイビー、少し離れるけど大丈夫かい?」
「大丈夫です」
「ここから動かないようにね。さっさと挨拶を終わらせて戻ってくるからね」
「はい、待っていますね」
今日はアイビーを独り占めできると上機嫌だっただけに、数分離れるだけでクロームは名残惜しそうにアイビーを抱きしめてから、呼ばれた輪の中にスペクトラム公爵と入っていった。
アイビーは、クロームの外行きの顔を眺めてから、同じように残っているルージュとダフニに声をかける。
「ルージュ様、ダフニ公爵令嬢、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「元気よ」
「あの、私は、元気ではないです」
ルージュの瞳から感情が消えたような気がして、アイビーは頬に指を当てながら首を傾げる。
「体調でも崩されましたか?」
「い、いえ、ルージュさんが何かと虐めてくるんです」
勇気を出して伝えたという風に、自分で自分の手を握りしめるダフニに告げられた。
アイビーは目を瞬かせた後ルージュを確認するが、ルージュはどこ吹く風のようにテーブルの上の料理を見ている。
ダフニは、俯きがちの姿勢で、アイビーに縋るような瞳を向けてきた。
「えっと、何かとは何をされるんですか?」
「色々です。精霊魔法の練習の邪魔をされたり、私の料理だけ辛くされたり、カディス様に贈ろうと用意したプレゼントを捨てられたりとかです。それに、私が大切にしていたブローチを壊されました」
「大変ですね」
それが本当なら……という言葉は、心の中だけにしておいた。
「ただ私は、世話をしてくれる公爵家の期待に応えたいって頑張っているだけなんです……なのに、精霊魔法が使える私が妬ましくて、いつも酷いことをしてくるんです。あのブローチはお母様からもらったものだったのに」
瞳に涙を溜めたダフニが、口元を隠すように右手を当て、左手でドレスを掴んだ。
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