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25 .遭遇

王族専用ブースを後にする時に、カディスに「これから散策しようと思うけど、夕食はどうする? 食べたいものがあるなら散策している間に用意させるよ」と誘われたが、クロームが1人で夕食をとるのは心苦しくなるので断った。


1人のご飯は、本当に味気ない。

アイビーが王都にいられる日も残り僅かなので、可能な限り一緒に机を囲む時間を共有したいのだ。


断った理由を話すと、カディスは「師団長に危うく恨まれるところだったよ」と安堵の息を吐き出していた。


カディスにエスコートされながら廊下を歩いていると、前方のドアが開いて少年少女と使用人が姿を見せた。

見たことある少年がこちらに気づき、「ゲッ」という声を漏らしている。

嫌悪感を醸し出したカディスが進まなくなったので、アイビーも足を止めた。


「イエーナ、何をしているの?」


「えっと、ちょっと観劇に」


イエーナにもたれるように体を合わせていた少女は、慌てた様子でイエーナから離れ、扇子で顔を隠してしまった。

少女自身が醜行をしていると理解しているから、顔を覚えられたくないのだろう。

イエーナとレガッタが婚約をしていること、レガッタとカディスが兄妹ということを知らない貴族はいないのだから。


「おかしいな。僕の記憶では、今日はレガッタとダンスの練習じゃなかった?」


「そうだったかなぁ?」


「そうだよ。なのに、どうしてこんな所にいるの?」


「だから、観劇に……ってか、殿下も来てんだから何をしに来たか分かるでしょ」


カディスの盛大なため息に肩を揺らしたのは、扇子で顔を隠した少女だった。

イエーナは、気まずそうなフリをしているだけのように思える。


「カディス様」


「どうしたの? アイビー」


「好きなようにしていいですか?」


「いいよ。僕が責任を取るよ」


「ありがとうございます」


アイビーは、カディスに向けてふわっと微笑むと、愛くるしい笑顔のままイエーナに向かって歩を進めた。

イエーナは、初めてアイビーに微笑みかけられ、首まで真っ赤にしている。


「質問していいですか?」


「え? う、うん! もちろん!」


「そちらの方を好かれているんですか?」


「あー……可愛いなと思っているよ」


「レガッタ様よりも?」


「いや、レガッタも可愛いと思うよ」


「そうですか」


アイビーはにっこりと笑みを深めた後、笑顔のままグーでイエーナの顔を殴った。

構えていなかったイエーナはよろけ、その隙にアイビーはイエーナのお腹に蹴りをお見舞いする。


重たくないドレスを選んでいてよかった、と心底思ったものだ。

ピンヒールではないが、ヒールがある靴で蹴ったのだから相当痛いはず。


その証拠にイエーナはくぐもった声を漏らし、先ほど出てきたドアにぶつかるように体を預けた。


「ふん」と息を吐き出したアイビーは、殴る蹴るの音に扇子から瞳を出そうとしている少女に向き直った。

女神のごとく微笑んでいるはずなのに、少女に小さく悲鳴を上げられる。


「あなたにも質問していいですか?」


「い、いえ、あ、あの」


「まずは名前を教えてください」


「い、いえ、私は……その……」


体を震わせている少女から扇子を取り上げ、顔を動かさずイエーナに投げつける。

渇いた音が響き、青い顔をした少女は息を詰まらせた。


「お名前は?」


「カ、カント・ヒースロー、です」


「ありがとうございます。もう2つよろしいですか? クレッセント公爵令息を好きですか?」


「い、いえ」


「そうですか。では、私の親友であるレガッタ様を嫌いなんですか?」


「い、い、いえ」


瞳から涙を溢すカントに、アイビーは表情を変えない。

眉すらも笑顔のままキープされていて、口だけが動いている。


「答えてくださりありがとうございます。もう2度と会うことはありませんので、そんなに怯えられなくて大丈夫ですよ。ヒースロー子爵令嬢がいらっしゃるのなら私は参加しませんと、お誘いがあるもの全てにそう答えさせていただきますから」


「え、あ、あの」


「何かあったのかと問われることがあれば、ヒースロー子爵令嬢も正直にお話しください。私もありのままを話しますので。ヒースロー子爵令嬢が、わざわざレガッタ様の婚約者を選んでデートをしていたと。好きでもない人と体を密着させていたと。そんな方と顔を合わせたくないだけだと答えますね」


アイビーからすれば女の子を殴れない故の本心から伝えていることなのだが、話を聞いていた周りはアイビーが貴族女性特有の喧嘩をしていると理解した。


いずれ王太子になる王子の婚約者で、家族から愛されている公爵令嬢で、友達には王女殿下にスペクトラム公爵令嬢がいて、愛らしくファンクラブまであるアイビーの影響力は凄まじい。

お近づきになりたい大勢の人たちに「ヒースロー子爵令嬢に会いたくない」と言えば、ヒースロー子爵令嬢は空気扱いされるようになるだろう。

社交界での居場所がなくなることはもちろん、もしかしたら友達が1人もいなくなるかもしれない。


しかも、好きでもない男性とくっついていたと広がってしまうと、はしたない女性と思われて真面な縁談は来なくなるかもしれない。


噂が大きくなれば、家族にまで被害が及ぶ。

アイビーを蹴落としたい派閥の人たちに拾われるかもしれないが、王族・ヴェルディグリ公爵家・スペクトラム公爵家を敵に回して明るい未来がくるとは想像できない。


足に力が入らなくなったのか、カントは蹲るように腰を落とした。

泣いている声が聞こえるが、アイビーは無視をして足取り軽くカディスの側に戻る。


「満足した?」


「まさか。もっと殴りたいですよ」


吹き出すように笑うカディスの腕をとり、ゆっくりと歩き出した。

顔を青くしている2人の横を通り過ぎる時に、カディスは横目で2人を見ていたが何も言わなかった。


「レガッタ様の大好きなダンスの練習なのに、相手が来ないなんてどれだけ辛くて寂しいか! 本当にムカつきます!」


「そうだね。アイビー、悪いけど僕は帰るよ。また改めて散策しよう」


「私は問題ありません。すぐに帰ってあげてください」


「ありがとう」


帰りの馬車の中で、気持ちが落ち着いたアイビーは「ヒースローさんにはああ言いましたが、周りには何も話さないようにします。レガッタ様の耳に入ってほしくないですから」と伝えた。


カディスは「そっか、ありがとう。この後がどうであれ、絶望していたあの2人にはいい薬になったと思うよ。本当にどうしてここまで拗れたんだろうね」と、少し悲しそうに微笑んでいた。






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