24 .観劇デート
お昼過ぎに、シンプルな礼服を身に纏ったカディスが迎えに来た。
アイビーも、重たくないドレスがいいと希望を出して支度してもらったので、生地は最高級だが装飾は少ないドレスを着ている。
なので、合わせたわけではないのに、揃えたような衣装になってしまった。
「意図したわけじゃないけど、今日の話も広がりそうでよかったよ」
劇場に向かう馬車の中で、ご満悦のカディスに言われた。
「もう十分じゃないんですか?」
「そう思ったら負けだよ。少しでも不仲だと思われると群がってくるからね。それに近頃は、本当は家同士が決めたことなんじゃないかって、疑われはじめてたんだよね」
「え? あんなに会っていたのにですか?」
「その会っている場に、ラシャンとレガッタが必ずいたからね。『2人では会いたくない仲だ』って言う人たちが現れたんだ」
「皆様、想像豊かですね」
「本当にね。だから、今後は2人で出かけることも視野に入れておいて」
「分かりました。今日みたいに楽しい場所を期待していますね」
笑顔で頷いて了承するカディスに、アイビーの心は軽くなった。
——昨日の不機嫌さが嘘みたいだわ。今日のカディス様となら楽しめそうでよかった。
観劇は初めてなので、実は胸を躍らせていたのだ。
でも、昨日のカディスの態度は不快だったので、少し憂鬱だったのも事実だった。
そんな気持ちを吹き飛ばせたほど、馬車での道中、会話が弾んで心を明るくさせてくれた。
劇場に着くと、支配人に出迎えられ、王族専用のブースに案内される。
劇場前や館内ではたくさんの人たちに見られたので、その人たちが噂を流してくれるだろう。
アイビーは、カディスの期待に応えるように、時々カディスと目配せをしながら歩いたのだった。
「すごい! 広いですね!」
「乗り出したら危ないよ」
「大丈夫ですよ」
階下を眺めてから体を包み込んでくれるような1人用の椅子に腰掛けると、フィルンが飲み物を脇にある小さなテーブルに置いてくれた。
隣では同様の椅子に座っているカディスが、ジュースを飲んでいる。
アイビーのお供についてきているチャイブとルアンはドア横で待機していて、配膳が終わったフィルンがチャイブの隣に並んだ。
「どんなお話か楽しみですね」
「今は何だっけ? 確か虐められている少女が、王子様と恋に落ちる話だったような」
「季節によって違うんですか?」
「うん、そうだよ。4ヶ月毎に話が変わるんだ」
「すごいですね。何回も来る人多そうですね」
「まぁ、貴族の嗜みとして足を運ぶ人は多いだろうね」
「嗜みですか?」
「うん、お茶会とかで話題にできるでしょ。だから、レガッタは嫌々母上に連れて来られているんだよ」
「レガッタ様は好まれそうな気がするのに、お嫌いなんですか?」
「たぶん2時間も黙っているのが耐えられないんだよ」
——舞台って静かに観るものなんだ。観る前に教えてもらえてよかった。知らなかったから、きっと話しかけちゃってたな。
「今日は僕しかいないから、好きに観てくれていいよ」
「好きにとは?」
「途中で声を上げてもいいし、拍手をしてもいいってこと。王族専用バルコニーなのに、自由じゃないと勿体ないでしょ」
「よく分かりませんが、自由に観させてもらいます」
「うん、そうして」
そんな会話をしているうちに開演し、アイビーは大袈裟と思うほど楽しんだ。
大声を上げることはしなかったが「大丈夫?」「ひどい」「危ない」などと呟き、素晴らしいと感じたところでは拍手を送った。
ただ、呟く声は囁き程度の声だし、拍手は音が鳴らないように手を叩いている。
自由にしていいと言われても、大きい音は邪魔になってしまうと思ったからだ。
カディスが観劇を好きかどうかは聞けていないが、集中を途切れさせるようなことはしたくなかった。
幕が下がり、アイビーは泣きながら必死に手を叩いていた。
無事に少女と王子が結ばれたから感動したとかではなく、歌劇だったので素晴らしい歌声に胸を震わせたのだ。
そのせいで涙は止まらず、拍手をしているから拭うこともできない。
「泣きすぎだから」
呆れたような言葉と共に、ハンカチが差し出された。
まだ拍手をしていたかったが、諦めてカディスから受け取り涙を拭う。
「そんなに泣く場面あった?」
「物語ではなく、素敵な歌声に涙が出てきたんです」
「それなら僕も思ったよ。素晴らしい技術だよね。違う物語ならもっと良かっただろうな」
一斉に退場している階下の人たちが少なくなるまで、王族専用ブースで待つことにした。
出入り口と途中までの通路が、どの席を利用でも同じのため退場時はどうしても混雑する。
騎士たちに囲まれての移動だけど、人が多いと危険を伴う。
急ぐ用事はないので、のんびりと寛ぐことにしたのだ。
「お芝居とは非現実なものですし、ああいう成り上がりを好まれる人は多いんじゃないでしょうか」
「僕にはどこがいいのか分からなかったよ。そもそも運だけで、あんなに恋に発展するかな?」
「偶然を重ねれば、必然や運命と言われていますからね。脳が錯覚を起こすんだって、食堂のお姉さんが言ってましたよ」
「お姉さんがそんなことを言う状況って、なに?」
「失恋した人を慰めていたんです。脳の錯覚で心が求めていたんじゃないから気のせいだったんだよって」
「恋愛なんて気のせいでしかないんじゃないの?」
「さあ? 私には経験がないので分かりません。だから、違うと思いたいですね」
「意外と乙女なんだね」
「可憐で可愛い女の子ですよ」
アイビーが拗ねるように言うと、カディスが可笑しそうに声を上げて笑う。
本当に昨日1日の不機嫌さは何だったのかと、逆に気になってしまう。
でも、尋ねて楽しい時間が終わるのは嫌なので、問うようなことはしない。
「私、観ながら気になったことがあったんですけど」
「なに?」
「なんだかルージュ様とダフニさんの関係性に似ていませんでしたか?」
「言われてみれば……」
「剣の訓練を頑張る王子様っていうのも、カディス様に似ていますよね」
「……そうだね」
ドア付近で誰かが動いたような気がして視線を動かすと、チャイブとフィルンが何か話している。
アイビーの視線を追ったからか、カディスもチャイブたちを見ていて小さく頷いていた。
来週、あの子とあの子が登場します。
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