23 .僕なりの王様
カディスは、馬車に揺られながら窓の外を眺めている。
ヴェルディグリ公爵家に向かう道中は、憤りから目を閉じて何も受け付けなかった。
そして、行きよりも不満が爆発しそうな王城への帰り道のはずが、憑き物が落ちたように心が軽くなっている。
口元を緩ませてしまいそうなカディスを不安気に見てくるフィルンに気付き、カディスは視線はそのままでフィルンに声をかけた。
「そんなに心配しなくても、破天荒な王になったりしないよ」
「そのことではありません」
「そうなの? 僕が『王と騎士を兼任する』と言い出すと考えて、焦燥しているのかと思ったよ」
「……されませんよね?」
違うと答えながらも心許なげに確認してくるフィルンに、カディスは気持ちが晴れ晴れしているような声で笑った。
「何て言うかさ。僕は小さいことで自暴自棄になってたんだなぁって思い知らされたんだよね。だってさ、本当はラシャンのように騎士になりたいわけじゃないんだよ。体を動かすのは楽しいし、達成感もあるから訓練は大好きだよ。何もかも忘れられるしね。僕は、周りの声を忘れられるってだけで、騎士にのめり込んでたんだ」
遠くを見ながら話すカディスを、フィルンは真っ直ぐ見つめている。
「周りが『父上のような王様になれ』って、しつこく言ってくるでしょ。僕、本当にアレ嫌いなんだよね。馬鹿の一つ覚えのように皆同じことばっかり。『父上のような王様に』ってさ。それって、父上と同じ仕事ができるなら僕じゃなくていいんだよ。父上のスペアが欲しいだけなんだから。そう思うと、色んなことを我慢している僕って何なんだろうって考えちゃってね。まぁ、どこまで許されるのか試して、フィルンを困らせていたんだけど」
「いいえ、私は困っていませんよ。楽しんでおります」
「そう? なら、よかった。もう染みついちゃってるからやめられそうにないんだよね」
「殿下、今は『やめるよ』って言うところですからね」
フィルンのツッコミに、カディスが弾んだ笑い声を上げた。
カディスの面持ちも、フィルンの瞳も、とても和やかだ。
「アイビーに僕が決めていいって言われた時に、『本当だ。僕の方が偉いのに何を遠慮してたんだろう』って悟ったんだ。父上のことは尊敬しているし、先人の知恵として歴史も皆の意見も尊重しているよ。だから、愚図で馬鹿な王様になるつもりはない。でも、僕なりの王様になれるんだって気づいたんだ。王様になってやりたいことをやればいいんだってね。騎士になれないことを嘆かなくても、自分の身を守れるくらい強い王様を目指せば訓練は続けられるしね。要はやりようなだけで、本当に選びたい放題の立場だよね」
「そうですね。殿下が腐らないでよかったです」
「腐るって酷いなぁ。アイビーに言われなくても腐ったりなんかしてなかったよ」
「今より我が儘にはなっていたでしょうけどね」
「いや、僕はきちんと見極められていたよ」
「何を仰いますやら。すでに明日の予定の調整を考えなきゃいけないんですよ」
「それは仕方ないよ。今日のお礼だからね」
「それだけですか?」
「他に何があるの?」
カディスが胡乱げにフィルンを見やると、フィルンはゆるゆると首を横に振った。
「私は、あのやり取りでアイビー様に堕ちたのかと思いましたけど」
「僕が?」
「はい、そうです。キッカケをくれたり考え方を変えてくれる人に恋をするって、王道じゃないですか。アイビー様は可愛いですし、捻くれている殿下が好きになってもおかしくはないかなと」
「一言余計だから」
「本当のことですのに」
「うるさいよ」
カディスが睨んでも、フィルンは気にする素振りさえ見せずに会話を楽しむようだ。
興味津々にカディスに投げかける。
「で、本音はどうなんです? 好きなんですか?」
「人としては好ましいと思っているよ。媚びるわけでもなく、色んなことに真面目に取り組んでいるからね。だけど、命をかけたいとも、抱きしめたいとも、一緒にいたいとも思わない。一緒にいてもいいかくらいだよ。約束だから守るけどね」
「そうですか。残念ですが、私としては安心しました」
「どういうこと?」
「いやぁ、アイビー様を好きになってしまわれたら、契約の反故になるから大変だなぁと憂いていたんです。どうやって契約を延長させるか、契約内容を変えて婚姻まで結ばせるかと、必死で考えていたんですよ」
「あり得ないけど、僕がアイビーを好きになったら、僕を好きにさせればいいだけなんだから簡単だよ」
白けた瞳を向けながら呆れたように息を吐き出すフィルンを、カディスは刺すように睨む。
「アイビー様のお近くには、殿下よりも見目麗しくて優しくて頼もしいラシャン様がいらっしゃるんですよ。成績もいいですしね」
「フィルン、待て。お前は僕の従者だろ」
「ラシャン様は気遣い方も素晴らしいですのに、どうやってアイビー様を惚れさせられるんだか」
「ラシャンはただの妹バカなだけだよ。あいつはアイビー以外に優しくない」
「そんなことは、どうでもいいんですよ。アイビー様視点で考えるべき事柄なんですから」
顔を歪ませるカディスを見て、フィルンは小さく笑っている。
「殿下、好きになられるのなら早めに好きになってくださいね。ヴェルディグリ公爵家を出し抜くためには、契約が切れるまでの期間が長ければ長い方がいいんですから」
「フィルン、楽しみたいだけだよね?」
「まさか。殿下の味方なだけですよ」
「あっそ。好きになることはないから知恵を絞らなくていいよ」
「かしこまりました」
カディスは視線を窓の外に戻して、「アイビーを好きにねぇ」と無意識に呟いていた。




