12 .悩むプレゼント
カディスが行きたいお店を回る予定のはずが、気づけばパワフルなレガッタが気になったお店を見てばかりだった。
ラシャンと同じで妹に甘いカディスなので、文句もなく楽しそうに物色している。
それに、ラシャンも平民街をじっくり見て回るのは初めてのようで、忙しなく視線を動かしている。
アイビーに至っては、セルリアン王国とアムブロジア王国という違いはあれど、慣れ親しんだ下町の雰囲気に解放感を覚えていた。
それなりに料理を買い込んだので、一行は昼食場所の噴水広場に向かった。
大きな広場にはポツポツとベンチがあり、中央には巨大な噴水がある。
ベンチに座っている人たちもいれば、地面に布を敷いて座っている人たちもいる。
アイビーたちは、チャイブとフィルンが敷いてくれた分厚い布の上に腰を下ろし、買ってきた料理を並べた。
騎士たちも敷き物の端に座り、一緒に昼食をとる。
「ナナパの葉って結構匂うんだね」
「草の匂いが強めですが、不思議と味に影響はないですよ」
匂いに手を止まらせていたのに、アイビーが美味しそうに食べたからか、3人は勇気をだして口に運んでいる。
「本当ですわ。ピリ辛で美味しいですわ」
「パンに合うね」
途中でパン屋にも寄って、バターロールやサンドイッチ等を大量に購入していた。
「アイビー、このチーズが入ったパンも美味しいよ」
「ありがとうございます、お兄様」
串焼きを食べたり、野菜スープを飲んだり、ゼリーを食べたりと、お腹が苦しいほど食した後は寝転んで15分ほど空を眺めた。
穏やかな面持ちのカディスとレガッタに、護衛騎士たちの目元が下がっていたのを、アイビーは気づいていた。
2人が愛されていると分かる場面に、アイビーの心にも温かいものが流れていたのだった。
休憩後は、クロームのプレゼント探しになり、色んなお店に立ち寄った。
平民街で買った物を贈るのはどうなのかという意見も当然あったが、きちんと選べば平民街でも良い物を見つけられる。
それに、クロームならアイビーやラシャンがあげるなら道端の石だろうと喜ぶ、というチャイブの意見があった。
「さすがに石は喜ばないよ」という反論は、「いいや、絶対に泣いて喜ぶ」というチャイブの力強い言葉によって否定されている。
そこまで言われたらと、値段は気にならなくなったのだ。
「そんなに眺めて見つかったの?」
真剣に商品を見ていて、カディスがやってきたことに気づけなかった。
小さく肩を揺らした後、体を起こし、カディスを見上げる。
「あれ? お兄様と一緒ではなかったんですか?」
「ラシャンなら手袋に決めたみたいで、今色んな手袋を見せてもらっているよ」
カディスの視線を追って顔を向けると、難しい顔をしたラシャンが両手にそれぞれ違う手袋を持って悩んでいた。
ラシャンの向こう側では、レガッタが壁にかかっている護符を珍しそうに眺めている姿がある。
「お兄様は手袋にされたんですね。私はどうしようかな?」
「師団長なら何でも喜ぶと思うよ」
「チャイブにもそう言われています。でも、記念に残るものをと思ってしまうんです」
「記念に残るものねぇ」
「はい。私はとても嬉しい誕生日でしたから、お父様にも同じように幸せを感じてほしいんです」
「パーティーで大変だったのに?」
「パーティーの前に11年分を祝ってもらったんです。夢のようでした」
「そっか。ラシャンも張り切って用意してたしな」
違う棚に移動すると、カディスはついてきた。
カディス自身は、このお店に興味がなく暇になったんだろう。
アイビーもピンとくるものはなくて、流しながら見ている状態だ。
「ラシャンの時のように絵は描かないの?」
「はい、学園があるから時間が足りないんです」
「絵以外に得意なものは? ハンカチに刺繍とか定番じゃない?」
「定番ならフェルの誕生日に贈りますね」
「いや、いらない」
アイビーが眉間に皺を寄せながら睨むが、カディスは楽しそうに笑っている。
「あ、平民の定番なら、マドレーヌやフィナンシェらしいよ」
「お菓子ですか?」
アムブロジア王国では聞いたことがないので、セルリアン王国の習慣なのだろう。
「バターを贅沢に使うお菓子だから、お祝い事の時に贈る習わしらしい」
「じゃあ、貴族が日頃から食べていると知ったら暴動が起こりそうですね」
「ん? 平民も日頃から食べていると思うよ」
——そうなの? だったら何が特別なんだろう?
「お祝いで贈るお菓子は手作りなんだよ。作るっていう努力が気持ちに繋がっているという見方なんだって」
「なんだか不思議な見方ですね。プレゼントを用意するだけでも、きちんとした気持ちの表れですのに」
「そうかな? 僕はこの風習は素敵だと思うけど」
「どうしてですか?」
「高い物を贈ればいいと思っている人たちは大勢いるからね」
「お金持ちならではの意見ですね」
「そうかもね」
——お父様もカディス様と同じ感覚なのかな? 公爵だからたくさんプレゼントもらうだろうしな。お兄様の時も、一部屋埋まるくらい凄かったもんね。
「決めました。私、マドレーヌとフィナンシェの両方……ううん、他にも何かバターたっぷりのお菓子を作ろうと思います」
「作れるの?」
「お菓子を作ったことはありませんが、料理はしていましたから。作り方は料理長に教えてもらいます」
「ふーん。じゃあ、今回上手にできたら、僕の誕生日もよろしく」
さらっと告げられた意外な言葉に、目を瞬かせてしまう。
「私が作るより買った方が美味しいと思いますよ」
「そうだろうね。でも、刺繍のハンカチはいらないから」
真意を読み取れない顔でにこっと微笑まれ、小さく頷いておいた。
教えてくれないことには考えても分からないので、「刺繍のハンカチはいらない」ということだけを覚えておくことにした。
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