11 .お忍び
久しぶりにチャイブの姿変えの魔術で、髪の毛と瞳の色を変えたアイビーは、無印の馬車に揺られている。
同乗しているのは、アイビーと同じように色を変えているラシャンとカディスとレガッタ。
4人とも簡素な服を来て、髪飾りとかのアクセサリーもつけていない。
そう、今日はお忍びで城下町を楽しむ日になる。
アイビーがお忍びを提案した夜、チャイブから2時間コースのお説教をくらった。
昔の感覚が抜けていなさすぎるとか、高位貴族になった分アイビーの値打ちが上がっているのに危機感がなさすぎるとか、カディスとレガッタを自分と同じだと考えるなとか、それはもう色々注意された。
そして、「はぁ、面倒臭い仕事を増やすな」と零されたので、それが本音だなとジト目で見ると、頭をグチャグチャにされた上でベッドに勢いよく放り投げられた。
ふわふわのベッドといえど、さすがに痛かった。
拗ねるように頬を膨らませてチャイブの顔に枕を投げつけると、「許さねぇ」とチャイブが上に乗ってきた。
十字になるように胴体に上向きで寝転ばれたので、息はできるが途轍もなく重い。
「チャイブのデブー! バカー!」とチャイブのお腹を叩きながら抗議すると、「痛くも痒くもないがムカつくから退いてやらねぇ」と目を閉じられたので、「こんな子供みたいなことするから結婚できないのよ」と続けた……のがいけなかった。
むくりと起き上がったチャイブに、「そういうこと言う奴には地獄を見せてやる」と泣いて謝るまで擽ぐられ、体で息をするほど疲れる羽目になったのだ。
旅をしている時はそのまま一緒に眠ったが、その日はアイビーの頭を撫でるとチャイブはベッドから降りた。
眠るまで側にいてくれたが、改めて今までと違う距離に寂しくなったのだった。
「今日は、どこに行きますの?」
胸を弾ませているレガッタは、ずっと街並みを眺めている。
「殿下が食べてみたいという屋台で食事を買ったら、噴水がある広場で食べる予定ですよ。後は、父様の誕生日プレゼントを探す予定です」
「ね」とラシャンに微笑まれ、笑顔で大きく頷いた。
「そういえば、もうすぐ師団長の誕生日か。毎年パーティーをしないから、言われないと忘れちゃうんだよね」
「え? お父様はパーティーされないんですか?」
「そうだよ。父様たちの時は家族でお祝いをするだけで、パーティーをするのは僕だけだったんだ。これからは、僕とアイビーになるね」
「ヴェルディグリ公爵家くらいだよ。当主の誕生パーティーをしないのはね」
知らなかったことを教わって、「へぇ」と顔が勝手にゆるく縦に動いた。
どんな物を探す予定なのかを話し合いながら、平民街の馬車止めに到着し、チャイブが開けてくれたドアから降りていく。
私服を着た護衛騎士が数人一緒に行動し、少し離れた位置にも護衛がつく。
それに、クロームお手製の防犯魔道具を各自持たされている。
ボタンを強く押して敵に投げつけると電流が流れるそうだ。
何回か試して不具合は見つからなかったから安心して持つようにと渡された。
誰で試したのかは聞いていないが、その時のクロームの笑顔はとても黒く見えた。
「フェル、何から買いに行く?」
カディスやレガッタの名前を出せないので、今日はカディスはフェル、レガッタはメールという偽名を使う。
そして、ラシャンは敬語はなしだ。
アイビーとレガッタは癖のようなものなので、言葉遣いは変わらない。
ラシャンの問いに、カディスが答える。
「ナナパの葉の肉包みかな」
「肉包みなら作ってもらえばよくない?」
「作ってもらえると思う?」
肩をすくめるカディスに、ラシャンは「無理だね」と苦笑いをした。
ちなみに、今日のお忍びは、陛下は知っているが王妃には秘密らしい。
「まぁ! アイビー、あそこのお店可愛いですわ! 見てみましょう!」
「メール、走ると危ないです」
足取り軽いレガッタに手を引っ張られ向かった先は、刺繍が施されたターバンやポーチを売っている屋台だった。
アイビーたちを追いかけるように、ラシャンたちもやってくる。
「このお花、可愛いですわ!」
「この柄は1番人気なんだよ」
「そうなのですね。欲しいですわ」
レガッタがカディスを見上げると、カディスは小さく息を吐き出して、レガッタが見ていたポーチを手に取った。
「アイビーは、どれが欲しい?」
「いいんですか?」
「いいよ」
アイビーとカディスが楽しそうに会話をしていると、ラシャンが割り込んでくるのはいつものこと。
なによりラシャンは、アイビーが欲しいものならば自分が買ってプレゼントしたいのだから。
「フェル、アイビーの分は僕が買うよ」
「だったら、メールが次また何か欲しがったら、その時にアイビーの分と合わせて買ってあげてよ」
「きゃあ! お兄様もラシャン様も素敵ですわ!」
ラシャンが返事をする前に、レガッタが飛び跳ねるように喜んだので、「アイビーの分を全部買いたい」と強く出られなくなった。
「うっ」と喉を詰まらせるラシャンに、アイビーとカディスは顔を見合わせてから笑い合い、レガッタは首を傾げていた。
アイビーはレガッタと色違いのポーチを選び、お揃いだと知ったレガッタに抱きつかれたのだった。




