6 .フラワーフルの少年
昨日領地から王都に戻ってきたアイビーたちは、花の形のお菓子を買うために平民街に足を運んでいた。
今回もプテレヴィで移動していて、旅の疲れを癒すために休息日を1日設けている。
クロームは疲れていないが、アイビーと過ごすために休みをとっていた。
1人1つしか買えないという情報なので、護衛を少し多めにつれてやってきた。
お祭りのように人混みじゃないだろうと、祖父母も一緒に来ている。
「きっとこの列だろうね」
クロームの感嘆にも似た呟きに、アイビーも目を丸めた。
チャイブが最後列にいる人に尋ねてくれ、花の形のお菓子「フラワーフル」の購入列だと確認できた。
全員で教えてくれた人の後ろに並び、時間と共に少しずつ進んでいく。
「すごいですね」
「とっても美味しいんだろうね」
「噂で聞いただけですが、昼前には完売するそうですよ」
一緒に並んでいる騎士が教えてくれた。
販売当初は購入数に制限がなく、並んでいても買えない人が続出し、個数制限が設けられるようになったそうだ。
平民街で売っている食べ物の中でも高値らしいのに、それでも昼前には無くなるのだから人気の高さがうかがえる。
列は数秒立ち止まって、すぐに数歩動くので、並んでいることがそこまで苦痛に感じない。
むしろ近づくにつれて漂ってくる匂いに、胸が高鳴ってくる。
30分ほど並んで、アイビーたちの順番になった。
住宅の大きな窓を利用して販売している小さなお店で、中を覗くとアイビーと似たような年の子も頑張って働いていた。
家族で営業しているようだ。
全員で何個ではなく、1人1つ順番に購入し、屋敷に戻ってからお茶にしようという話になった。
買ったお菓子は、全てチャイブが抱えている。
買えた喜びから足取り軽く歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ、あの!」
振り返ると、先ほど店の中で忙しなく働いていた少年が、顔を赤くして立っていた。
恥ずかしそうにしながらも、ブロンズ色の瞳をアイビーに向いている。
帽子からフレンチグレイ色の髪がはみ出していて、アイビーは師匠だった頃のチャイブを思い出していた。
あの頃のチャイブと同じ色をしているからか、不思議と親しみが湧いてくる。
「お、俺、ビスタっていいます。その、えっと、これ、試作品で、よかったら食べてください」
「いいの? ありがとう」
ふわっと微笑んで、ビスタが差し出してきたフラワーフルを受け取った。
先ほどよりも真っ赤になったビスタは、腕で顔を半分隠している。
「そ、それで、もしよかったら、感想を教えてほしいです」
「うん、分かった。また買いに来るね」
「ま、待ってます」
笑顔で頷いて去ろうとすると、また呼び止められた。
「な、名前を」
「あ、ごめんね。お菓子もらえたことが嬉しくて忘れてた。私はアイビー。よろしくね」
「ぁりがとうございます!」
ビスタは、直角になるほど腰を折ってから、駆け足でお店の中に戻っていった。
嬉しくて、もらったお菓子を1度見てからチャイブに渡すと、チャイブから呆れたように息を吐き出される。
「知らない人から貰ってはダメだって教えたでしょう」
叱りながらもお菓子は受け取ったくれたので、食べていいってことだと分かり、「へへ」と誤魔化すように微笑む。
「でも、名前を聞いたから知らない人じゃなくなったよ」
「そういうのを能天気っていう……って! こら! 殴るな!」
チャイブが、頭を触りながらクロームを睨んだ。
執事が主人を睨むという不可思議な現象だが、気にしているのは騎士たちのみ。
祖父母やラシャンも、チャイブを怒り顔で見ている。
「アイビーの可愛さに、純朴な少年が想いを伝えにきただけだろ。それをアイビーが悪いみたいに言うな」
「今回はそうだとしても、睡眠薬入りだったり変な薬が入ってたりするお菓子もあるだろ。誰から貰うにしても警戒は必要だろうが」
「頭がおかしな相手なら、アイビーは賢いから気づく」
「はぁ、この親バカが」
「お前、アイビーに対してもだが、言い方考えろよ」
クロームとチャイブの言い合いが長引きそうな予感がして、アイビーはラシャンの手を取った。
ラシャンは、「ん?」と綺麗に微笑みながら首を傾げている。
「お兄様。私、早くお菓子が食べたいです」
「うん、帰ろう。そして、ゆっくりしよう」
「はい。頑張って並んだので、みんなでのんびりしたいです。お祖父様もお祖母様もお疲れ様でした」
「アイビーと一緒に並べて楽しかったぞ」
「ふふ、そうね。久しぶりの体験だったわ」
言い争っている2人を置いて「さあ、帰ろう」と歩き出すと、クロームが慌てて追いかけてきた。
チャイブは、重たい息を吐き出してから後ろをついてくる。
騎士たちは、全員可笑しそうに小さく笑っていた。
フラワーフルは昼食後に出てきて、カリッモチッとした生地に甘いカスタードが入っていて美味しかった。
試作品だともらったフラワーフルは、夕方に来るカディスとレガッタと一緒に食べる予定だ。
ルージュも誘っているが、まだ1回も来てくれていないから、今回も来ないだろう。
早くレガッタとルージュと3人で遊んでみたい、と思うアイビーだった。
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