3 .シャトルーズ子爵家との関係
馬車に乗り込むと、なぜかカディスとレガッタもヴェルディグリ公爵家の馬車に乗車してきた。
「殿下。皇室の馬車の方が、乗り心地も良く安全だと思いますよ。さぁ、どうぞ馬車を移動してください」
「乗り心地は変わらないし、安全度で言えば師団長の側にいる方が安全だよ。それに、どうして僕だけなの? レガッタはいいの?」
「レガッタ殿下はアイビーと仲良しですから」
「僕も仲良しだよ」
眉間を寄せたクロームの顔には、「いけ好かない」とはっきり浮かんでいる。
だが、このまま言い合いを続けると、帰る時間がその分遅くなるからだろう。
七面倒くさそうに「出発しろ」と御者に告げていた。
「殿下。騎士たちが可哀想ですから、今回だけですよ」
「分かったよ。それに、乗り込んだのはシャトルーズ子爵家について教えてほしいからだよ。アイビーとは無関係じゃないんじゃない?」
「え? 私、初めてお会いしましたよ?」
不思議そうにカディスと見た後、クロームとラシャンに視線を動かした。
クロームの眉間の皺は深くなっているが、ラシャンはアイビーと同じように首を傾げている。
「蛇のようにしつこいだけじゃないんですか?」
ラシャンの質問にクロームは諦めたように息を吐き出し、アイビーの頭上を通り越してラシャンの頭を撫でた。
「子供たちに聞かせる話ではないんですけど、身を守るためには知っていてもいいかもしれませんね」
クロームはラシャンの頭を柔らかく叩くと、次にアイビーの頭を撫でた。
愛しそうに細められる瞳に、アイビーは反射的に微笑み返す。
「シャトルーズ子爵は、お祖父様の実兄の子供なんだよ」
「そうなのですね」
「彼が小さい時に不慮の事故で死んでしまってね。お祖父様は養子にはせず後見人という形をとって、成人するまではヴェルディグリ公爵家に住まわせていたんだ。ただ彼はティールに懸想していてね。子爵家に戻ってからも、公爵家の屋敷に自由に出入りできるのをいいことにティールに付き纏っていたんだ。そして、ある日ティールを襲ったんだ。幸いなことにシュヴァイとチャイブがすぐに気づいたから大事にはならなかった。ティール自身にも抵抗する力はあったからね。そのことがキッカケで遠征から戻ってきた私は、ティールから『ゴミ虫どもが鬱陶しいから結婚するわよ』と言われ、次の日に式を挙げたんだよ。本音を言うと、プロポーズは私がしたかったんだ。それなのに、ティールは私が帰ってくるまでの間にドレスも指輪も何もかも用意していてね。ここは男らしく全部を受け止めるしかないと思って――
「師団長、話が逸れているよ。とりあえず、シャトルーズ子爵家は頭がおかしい人たちでいいんだね?」
乙女のように頬を染めていたクロームだったが、カディスの声にハッとしたように咳払いをして姿勢を正した。
「はい。ポルネオお義父様がかなりキツくお灸を据えているにもかかわらず、ああやって接触してくるんですから、知能がない輩たちですね」
「真面な人間って、どうして少ないんだろうね。娘と同じ年のアイビーを見る目は少しおかしかったし、娘のためにラシャンを拉致する可能性もありそうだよね」
「そうですね。本当に平和な世になってほしいと思いますよ」
クロームとカディスが、頭を抱えるように同時に息を吐き出した。
少し重たくなった空気を壊すように、レガッタの明るい声が聞こえてくる。
「アイビーは私が守りますわ。何かしようとする者がおりましたら、撃退して差し上げますわ。王女はとっても強いんですのよ」
「レガッタ様、ありがとうございます。でも、私も強いんですよ。レガッタ様は私が守りますね」
アイビーとレガッタが微笑み合っていると、カディスがニヤニヤしながらラシャンを見やった。
「ラシャン、仕方がないから僕が守ってあげるよ。王子の名は伊達じゃないからね」
「結構です。ご自身の身を守ってください。それに、僕はアイビーを守れたら十分ですので」
「アイビーを守るのは当たり前じゃないか」
レガッタが口元を両手で隠しながら、「きゃー! お兄様ったら」と口の中で呟いている。
アイビーは「ありがとうございます」と笑顔を送っておいた。
——カディス様は余念がないわ。私も今まで以上に婚約者に徹しないと。
心を決めたアイビーは無意識に作った握り拳を上下に振ってしまい、隣にいるラシャンの頭の上にハテナを浮かべさせてしまった。
その光景を眺めていたカディスが、「そうだ」とクロームに視線を投げかけた。
「少し気になったんだけど聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「ティール公爵夫人は妖精姫なんだよね? でも、話を聞く度に妖精姫像から遠ざかっていくんだけど、妖精姫って見た目だけの話なの?」
「あー、そうですね。彼女は、姫というより王子の方が似合うかもしれませんね。いや、いたずらっ子。んー、本当に色んな顔をもつ人で、妖精姫はその1つにすぎません」
「そのたった1つに、周りは執着したんだね」
「ええ。本人は妖精姫の名を1番嫌がっていましたけどね」
苦笑いをしているが幸せそうな雰囲気を纏うクロームに、子供ながらに全員がティールへの愛の深さを感じ取っていた。
アイビーとラシャンは家族をより誇らしく思えたし、カディスとレガッタは胸が温かくなりながらも羨ましさを覚えたのだった。




