7 .ラシャン・ヴェルディグリ①
学園から帰宅すると、家の中に入る前なのに邸宅内の騒々しさが伝わってきた。
「泥棒にでも入られたのかな?」
別の馬車から降りてきた少年は、気にかけるような言葉を選びながらも、何も心配していないという声色で話しかけてきた。
わずかに興味だけはありそうな口振りだ。
彼は、この国セルリアン王国の第1王子カディス・ブル・セルリアン。
去年から通っている王立学園の僕の同級生だ。
小さい頃から、何かと共に行動している幼馴染でもある。
カディス王子は見目麗しく、王国内の老若男女に可愛がられている。
まるで宝石のようだと言われているサファイアブルーの瞳で見つめられたいらしい。
全くもって理解できない。
大人びた風を装っているだけの彼は、硬派な騎士に憧れがあり、スモークブルーの髪をミディアムウルフカットにしている、ただの子供なのにだ。
今日だって「訓練があるから遊べない」と言ったのにも関わらず、「僕も訓練がしたいんだよ」と無理矢理ついて来たのだから。
こっちの事情なんて気にしない奴だ。
「歴代最強と言われている魔術師団師団長の別邸ですよ。どこの誰が入るというんですか?」
「んー、僕なら1度はチャレンジしてみたいと思うけどな」
「あんたは変わり者だからだ」と言いたいが、不敬罪になりそうなので唇を引き締めることで耐えた。
おかしそうに細められたサファイアブルーの瞳は、僕の考えを読んだぞと言ってるように見える。
彼がこんなにも気さくに接してくるのは、僕も彼同様に女性たちに目もくれず騎士を目指して訓練をしているからだろう。
それに、この国の公爵家嫡男という立場も加わるのだろうが。
僕、ラシャン・ヴェルディグリは、父様のような魔術の才能はない。
これからかもしれないと家臣たちは言うが、ただの慰めだと分かっている。
それに、魔術が使えなくても悲しむ必要はない。
子供と思えないほどマナはあり、身体強化が可能だからだ。
僕は、歴代最強の騎士になるために生まれてきたんだ。
タウンハウスの中に入ると、エントランスを行ったり来たりしている父様の姿が目に入った。
才色兼備だと言われている父様は、子供の僕から見てもかっこいいと思う。
僕が目標とする人物の1人だ。
こんな時間に家にいるなんて珍しいな。
どうしたんだろう?
「父様。戻りました」
「ラシャン! 待っていたよ! おかえり!」
僕の顔を見て、父様がポニーテールにしているライムイエローの長い髪を揺らすほどの速さで駆けてくる。
父様に両肩を掴まれて、顔を覗き込まれた。
こんなにも焦っている父様は初めてで、父様のオリーブ色の瞳に戸惑っている僕が映っている。
「私は今から領地に戻るんだ。ラシャン、君も行こう」
「え?」
「ああ、早く出発しなければ」
「父様、落ち着いてください。領地で何かあったのですか?」
「それがね!」
父様の瞳が、ゆっくりと僕の左側を見るように動いた。
今ようやく、僕の隣に殿下がいることに気づいたのだろう。
小さく息を吐き出して、姿勢を正している。
「セルリアン王国第1王子殿下、カディス王子殿下にご挨拶いたします。本日はいかがされましたか?」
「師団長、堅苦しい挨拶はいらないよ。それよりも何かあったの?」
「いいえ。何もございませんよ」
「そんな感じには見えなかったよ」
「本当に殿下に心配をしていただくようなことはございません」
「では、僕も領地についていこうかな」
笑顔で睨み合うのはやめてほしい。
「申し訳ございません。こちらに戻ってくるのは1ヶ月後になりますので、殿下をお連れするわけにはいかないのです」
「え? 父様、お仕事は?」
「溜まっていた休みを使ったんだよ。残しておいて正解だったよ」
花が飛びそうなほどの笑顔で、今にも僕を掲げ上げそうな雰囲気だ。
焦っている姿に悪いことを想像したが、もしかしたら良いことが起こったのかもしれない。
「僕は、学園をお休みしてよろしいんですか?」
「かまわないよ。ラシャンの知識は、すでに高等部並みだからね」
「では、行きたいです! お祖父様とお祖母様にお会いしたいです!」
「2人も喜ぶだろう。早く準備しておいで」
「はい!」
浮き足で部屋に駆けていこうとしたら、刺すような視線を感じた。
殿下のことを、すっかり忘れていた。
「殿下、今日は合同訓練をできそうにありません。領地より戻りましたら、必ず手合わせをいたしましょう」
「一緒に訓練をするために我が家に来られたのですね。騎士は全員置いていきますから、殿下は訓練をしていただいて問題ありませんよ」
不機嫌な瞳を隠せていないが、殿下の面持ちはにこやかだ。
微笑んでいる父様を見上げている。
「王宮に帰るよ。そして、陛下に許可をもらって僕もヴェルディグリ領に向かうよ」
「何をしに来られるのですか?」
「視察だよ。ダメなの?」
「ダメではありませんが、まずは日程等が記載された書簡をお送りください。殿下が来られるとなると準備が大変ですから」
「分かった。そうするよ」
笑顔で去っていく殿下の背中を見ながら、僕は「次会った時にチクチク言われそうだな」と思っていた。
手を焼くような我儘を言う殿下ではない。
でも、自分が知らないことへの問いが濁されることや、嘘をつかれることを極端に嫌っている。
僕は仕方がないことだと思うけど、殿下は子供だと見くびられていると感じるそうだ。
実際、子供だよと思うけどね。
そんなだから、殿下と僕を比べて、僕こそが眉目秀麗だと噂する女性たちがいるんだろうな。
僕の方が落ち着いているもんね。
久しぶりにお祖父様とお祖母様に会えるからって、胸を高鳴らせるのは大人だってするはずだもんね。