1 .入学式
家族には昨日お披露目して「可愛すぎる」と大好評だった王立学園の制服に身を包み、クロームとラシャンと馬車に乗り込んだ。
今日からアイビーも、王立学園初等部1年生として学園に通う。
ラシャンは初等部の3年生となり、1年だけ同じ校舎で学ぶことになる。
初等部は校舎が1つだが、中等部は文学・魔術・武術によって建物が分かれるため校舎は3つになる。
そして、高等部では校舎が1つに戻り、学生たちは職業訓練のレポートを書くために登校したり、提出をするためにだけ来たりする。
制服は男子がブラウスにテーラードジャケット、女子がAラインワンピースにスペンサージャケットになる。
どちらもジャケットの色は紺色、パンツとワンピースはベージュになる。
本日はアイビーの入学式で、授業が始まるのは明日からなのだが、ラシャンが「僕も行く」と言ってついてきたのだ。
「アイビー、何かあったら、すぐに僕のところに来るんだよ。大声もあげるんだよ」
「分かりました、お兄様」
昨日からラシャンに何度も言われ、もはや耳にタコができている。
そこまで繰り返されると、「そんなに危険なところなのかな?」と期待よりも不安が大きくなり、昨日の夜にチャイブに確かめていた。
「ねぇ、チャイブ。学園は危険なの? 喧嘩が多いの?」
「逆にこの世に安全なところがありますか?」
「チャイブがいるところは安全だわ」
鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしたチャイブは、途端に声を上げて笑いだした。
首を傾げて見ていると、柔らかく頭を撫でられた。
「お嬢様が可愛すぎて周りは虜になり、我がものにしようっていう輩が出てくるんですよ。それは、街だろうが辺境だろうが学園だろうが変わりません。つまり、どこも同じだということです」
どうやら笑った理由は教えてくれないようだ。
物騒な説明をしているのに、優しい慈しむような瞳がずっとアイビーを見ている。
「ただ学園は従者や騎士がいない分、何かあれば1人で対処しなければいけなくなります。周りが子供だけになると、勝手に上下関係を決めようとする子も出てくるでしょうしね」
「ふーん、街の子供たちと変わらないのね」
「いえいえ、お金や権力がある分、タチが悪いですよ。随分前に言ったでしょ。街の子供たちが可愛く感じるほどだって」
「そういえば聞いたわ。お兄様が何度も言うくらいだから、本当に自由奔放なのかも。気をつけるわ」
「はい。誘拐には人一倍気をつけてくださいね」
チャイブにも注意を促された王立学園に到着し、馬車から降りると周りから感嘆の声が上がった。
いつものことだし、パーティーの時に比べれば熱量は小さいので全く気にならない。
受付所に行き、出席を知らせ、心配顔のクロームとラシャンと別れる。
新入生席と貴賓席は異なるので、ここから先は別々の席に着くしかない。
——席は自由って聞いたけど、自由の方が難しいわ。どこに座ればいいのかな?
周りを見渡しながら彷徨い歩いていると、サーモンピンク色の髪を発見した。
思い浮かべた人物ならいいなと胸を弾ませながら近づき、サーモンピンク色の髪の少女に声をかける。
「ここに座ってもいいですか?」
「自由なんだからす……あなた……」
凛とした声は途中で止まり、見開いた瞳で訝しむように見られる。
アイビーは想像と合っていた人物、ルージュ・スペクトラム公爵令嬢に微笑みかけ、改めて確認をした。
「座っていいですか?」
「いいわよ」
ふいと視線を逸らされたが、許可してくれたので遠慮なく腰を下ろす。
「あの……」
「なに?」
「ルージュ様って呼んでいいですか?」
「……いいわよ」
どうやら初対面の時と違って、会話はしてくれるようだ。
といっても、1対1のような状況だから仕方なくなのかもしれない。
「今日はダフニ公爵令嬢と一緒じゃないんですか?」
「基本、一緒にいないわ」
「そうなんですね。ルージュ様は何組でした?」
「Aよ」
「わっ! 同じです。仲良くしてくださいね」
前を向いていたルージュの視線が、怪訝そうにアイビーに向いた。
不審がっていることを隠す気はないらしい。
「あなた、私が怖くないの?」
「どうして怖いんですか?」
「どうしてもよ」
「ふーん、変な話ですね」
何か言いかけたルージュの口は、開きかけただけで強く結ばれた。
そして、落とした視線を動揺するように彷徨わせている。
「その……」
「どうしました?」
「敬語やめなさいよ。同じ公爵家でしょ」
「そう言われるとやめていいかもと思うんですけど、レガッタ様が『私にも』と言われそうなので、言葉は崩せないです。ごめんなさい」
「そうね。あなた、レガッタ様と仲が良かったわね」
「はい、可愛くて大好きです」
「そう」
「ルージュ様も可愛いので、お友達になりたいと思っています」
「なっ! あああなた、人たらしね!」
真っ赤になって狼狽えるルージュが可愛くて、アイビーは溢れんばかりの笑みを浮かべた。
様子を窺うように見ていた人たちの大半が倒れているが、周りの行動など気にしていない2人には意識の外側で起こっていることだ。
何人倒れようが関係ない。
「見つけましたわ!」
明るい声が聞こえて顔を向けると、笑顔のレガッタがアイビーの隣に腰をかけたところだった。
「アイビー、おはようございますわ。それにしても、ルージュと一緒とはびっくりしましたわ」
軽く頭を下げただけのルージュに比べ、アイビーは元気よく挨拶をする。
「おはようございます、レガッタ様。ルージュ様を見かけたものですから、お友達になりたいと願い出ていたところなんです」
「そうですの? ルージュはお兄様を狙っているのに構いませんの?」
「大丈夫です。カディス様の婚約者になれるのは私だけですから」
知っている人は少ないが、そういう契約だ。
成人するまでは、アイビーが婚約者なのだ。
もしカディスがルージュを好きになったのなら交代することになるが、美的感覚が歪んでいるカディスにルージュの可愛さが分からないだろう。
だって分かっていたのなら、契約の婚約者の提案もはじめからルージュにしていたはずなのだから。
「アイビーがいいのでしたら、よろしいですわ。でも、ルージュはどうなのですか? アイビーにムカついたりしないのですか?」
「誰かに負けたらムカつくと思います。アイビー公爵令嬢に敗れた私まで負けたことになりますから」
「あら? ルージュって、そんな性格でした?」
「お祖父様の目がありませんから、学園ではのんびり過ごそうと思っています」
レガッタが苦いものを食べた時のように顔を顰めて、重たい息を吐き出した。
レガッタの反応も気になるが、今は分かりきっている大切なことをルージュに伝えなければいけない。
「ルージュ様、安心してください。私、誰にも負けませんから」
胸を張って伝えると、小さくだが初めてルージュが笑ってくれた。
「約束よ」
「それと、私のことはアイビーでお願いします」
頷いてくれたルージュに「友達になれた」と嬉しくなり、アイビーは幸せそうな笑みを浮かべた。
レガッタは「まぁ!」と可笑しそうに笑っていた。




