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67 .幸せ

1度屋敷に戻り少し休憩をとった後、ドレスに着替えてから貴族街のお祭りに向かった。

平民街とは異なり、魔道具を使っている装飾は華美が溢れ、通り行く人たちの目を楽しませている。


有事の際に使われるという広場には、大きなテントが張られていて、そこが今日の目的地だと教えてもらった。


胸を弾ませながら中に入り、席に案内してもらう。

案内人の似合わないちょび髭よりも、高さ50cmはありそうなシルクハットが気になって仕方がない。


——あの中でリスさんや鳥さんが飼えそうだわ。


髪の毛を巣にしてペットを飼っている姿を想像して笑ってしまうと、ラシャンが首を傾げながら「どうしたの?」と尋ねてきた。

想像していたことを小声で伝えると、ラシャンは瞬きしながらシルクハットを見つめ、小さく笑いだした。


「アイビー、やめてよ。面白くて笑っちゃう」


「ふふふ。聞かれたのはお兄様ですよ」


寄り添いながら笑い合う仲睦まじい兄妹の姿に、家族だけではなく周りからも温かい眼差しが注がれた。


案内された席に着き、続々とテントに入ってくる人たちの様子を眺めながらクロームに話しかける。


「お父様、何が始まるんですか?」


「サーカスって分かるかな?」


顔を伸ばしたアイビーは、破顔し、大きく頷いた。


「分かります。1度見てみたいと思っていました」


「よかった」


魔術や魔道具を用いて不可思議な現象を起こし、使役した魔物と一緒に芸をして、楽しませてくれる一団がいるとチャイブから聞いたことがあった。


席料が高いため席を勝ち取るのはほとんど貴族らしいが、暮らしに余裕がある冒険者や商人、一部の平民も観覧するほど大盛況な催しだそうだ。


チャイブを師匠と呼んでいた頃に、「将来稼いだら連れてってくれ」と頭をグリグリ撫でられたことがある。


そんな思い出があるサーカスを体験できるとあって、アイビーは始まる前から浮かれていた。


アイビーの喜びを隠しきれないソワソワしている面持ちに、アイビーを視界に捉えた人たちが撃沈していく。

一体何を観に来たんだと思うほど、周りはアイビーに夢中になっている。


人が席を埋め尽くすとサーカスの幕が上がり、公演中アイビーは何度も拍手し、感動する度歓声を上げていた。


サーカスよりもアイビーの反応を楽しんでいた家族も大満足の時間で、帰り道では興奮冷めやらぬアイビーが賛美した演目を語り続けていた。

もちろん、全員漏れなく目を糸にするほど顔を溶かしている。


思えば、帰ってきた頃のアイビーは物静かというか、自分の気持ちをぶつけてきてくれなかった。

とても賢く、礼儀正しく、いつも笑顔を振りまいていた。

真面目で大人びた子と括れば、それも個性だと思える。


だが、無邪気に笑って話してくれるようになった最近のアイビーに、帰ってきた当初は環境に慣れようと踏ん張っていたんだと気づいた。


まだ10歳だったアイビーからすれば、家族と言われても知らない人たちに囲まれるのだから不安になるだろう。

しかも、自由気ままに生きてきた生活から礼儀作法がうるさい貴族になるのだから、相当の負担を強いていたことだろう。


会えた喜びが大きすぎて、アイビーをきちんと想えていなかったと反省するばかりだ。

だからこそ、これからはアイビーが気持ちを素直に吐き出せるように、もっともっと愛情を伝えていこうと考えている。


というのが、昨日の夜、アイビーが眠った後に行われた「アイビーを守ろう会議」の一部の内容になる。


定期的に開かれている「アイビーを守ろう会議」は、ポルネオ・ローヌ・クローム・ラシャン・シュヴァイ・チャイブが参加メンバーだ。


昨日の主な題材は、学園に通うアイビーをどう守るのかだった。


しかし、「最近のアイビーは可愛さに磨きがかかっている」というクロームの言葉にチャイブ以外が賛同し、話はアイビーへの愛で胸が苦しいという方向に向かったのだ。


「愛情を全て伝えたら痛みがマシになるんじゃないか?」「これ以上、どう伝えるんだ?」「纏わりすぎて邪魔をしてしまわないか?」などが飛び交い、結果「もっともっと愛情を伝えていこう」という結論に至っていた。


なお、学園の問題に対しては、どうにかレガッタを巻き込む算段をつけている。


苦笑いが出そうなほど行動力があるレガッタだが、王族としての英才教育の賜物なのか、社交界ではすでに高評価されている。

2人を同じクラスにし、レガッタが側にいれば女の子たちがアイビーを罵ろうとしてきても撃退してくれるんじゃないか、という希望的観測を立てたのだ。


男の子たちに関しては、登下校と昼休憩はラシャンがアイビーを守ると宣言した。


学園での方向性が決まっていく中、チャイブは「素直に守られてくれるお姫様じゃないんだけどな。でも、愛に飢えているから重たいくらいが丁度いいか」と思っていたのだった。


貴族街から戻ったアイビーは、出迎えてくれたルアンに買っていたお土産のバレッタを渡した。

泣いて喜んでくれたルアンに「抱きしめてもよろしいですか?」と問われ、頷くと、ふわっと優しく包み込まれた。


「お嬢様、大好きです。宝物にしますね」


「私もルアン大好きだよ」


「お嬢様ー!」


大泣きするルアンをあやすように、ルアンの背中に腕をまわす。

ルアンの腕の中は柔らかくて心地よく、与えてくれる気持ちは心を温かくしてくれる。


「お嬢様と出会えて、お嬢様の侍女になれて、本当に幸せです」


「うん、私もルアンやみんなのおかげで幸せだよ」


——本当に幸せだよ。チャイブ、お父様、お兄様、お祖父様、お祖母様。ジョイにシュヴァイにマラガにルアン。いっぱい愛してくれている。

レガッタ様やカディス様と友達になれて楽しかったし、陛下も優しい人だった。お屋敷のみんなも笑顔をくれて、気持ちをポカポカにしてくれる。

こんなにも幸せでいいのかなって不安になるくらい、本当に毎日自然と笑ってるんだよ。帰ってきて、みんなに会えてよかった。嬉しい。


半年くらいの間で増えた大好きで大切な人たちの顔を思い浮かべながら、安らぎに満ちるルアンの腕の中で「来年も幸せでありますように」と願っていた。






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