66 .聖夜祭
目を覚ましたアイビーは、慌てて窓際まで行き、外を眺めた。
いつもなら掃除をしている使用人や手入れをしている庭師、訓練や見回りの騎士たちの声が微かに聞こえてくるが、今日は耳を澄ませても聞こえてこない。
——静かだったから何かあったのかなと焦ったけど、今日と明日はお休みの人が多いんだったわ。
ヴェルディグリ公爵家では聖夜祭の今日と祝福祭である明日は、必要最低限の人数が勤務することになる。
料理とケーキは昨日使用人全員に配られているが、聖夜祭と祝福祭の日に出勤した者には特別手当が出るようになっている。
そのためか、子供が大きかったり新婚ではなかったりする人は、自ら進んで働いてくれている。
当初、今年はアイビーという宝物が増えたので、警備上少し多めに出勤者を募ろうと考えていた。
だが、シシリアン侯爵家をはじめとした3つの家門と1つの傭兵団を取り押さえたので、例年通りの人数で落ち着いたのだ。
この3つの家門と、ローモンド侯爵家と共に謀反を企てていた5つの家門が潰れ、領主を失った8つの土地は今まで領地を持っていなかった貴族たちに下賜されることになったらしい。
起きたことをルアンに知らせると、ルアンはすぐにやってきてくれた。
今日着る服を支度してくれるルアンを、アイビーは不思議そうに眺める。
「作ってもらったドレスは着ないの?」
「そちらの着用は午後からですね。午前中は公爵様たちと街のお祭りに参加されますので、動きやすいワンピースになります」
「街に行けるの!?」
「はい」
アイビーは、両手を頬に添えて口をニマニマさせてしまう。
ずっと街並みを見てみたいと思っていたから、嬉しくて仕方がない。
「午前中は平民街のお祭りへ、午後は貴族街に赴き、夕暮れ以降はお屋敷にて過ごされる予定になります」
「平民街と貴族街ってなに?」
「平民が住む街と貴族が暮らす街は、石壁によって隔てられているんです。区別されているだけで行き来は自由ですが、お祭りのようなものがなければ基本行き交わないですね」
「どうして分かれているの?」
「お嬢様は、王城を囲う壁ができた由来をご存知ですか?」
「うん、初めて行った時にお父様が教えてくれたわ」
着替え終えたアイビーは、髪の毛を整えてもらうために鏡台前に座った。
髪を梳いてくれるルアンを、鏡越しに見つめる。
「初代両陛下が住まわれていた村が豊かになるにつれ、移住してくる人たちが現れたそうです。移住者は増え続け、壁の中で暮らせる人数が超えてしまい、壁の外に家を建てないといけなくなりました。その人たちを守るための壁が新たに作られます。そして、またたくさんの人が住むために移ってきたそうです」
「で、また壁の外側に住むしかなくなって、新しい壁が作られるのね」
「お嬢様は本当に天才ですね。その通りです。王都であるアルペルオには現在4つの壁があるんですよ」
「お城と貴族街と平民街で3つでしょ。もう1つは何?」
「商業街となりまして、各ギルドに大規模な商店の本店や公園、騎士団の訓練場などがあります。お嬢様が通われる学園も、この区画にあります」
「そうなんだ」
軽く頷いたアイビーだったが、思い出したように後ろに立っているルアンに視線を動かそうとした。
「スケート場に行った時は壁を通りすぎたの?」
「通られていますよ。出入り口が大きいので気づかれなかったんでしょうね」
気づかないほど大きい出入り口ってどれだけ大きいんだろうと、お祭りに向かうアイビーはクロームにお願いをして通り抜ける時に声をかけてもらった。
すると、壁は王城の壁ほど高くなく、3階建の貴族の屋敷の屋根くらいまでだった。
アイビーがどうして壁に気づかなかったかというと、出入り口となる箇所は垂れ壁仕様になっていないからだ。
大きな扉だけがあった箇所なんだろう。
左右に壁はあるが、上部さえ繋がってなく、馬車3台分は余裕で通れるほどぽっかりと空いているのだ。
目立っていなさすぎて、壁がある場所を教えてもらわないと見落としてしまう。
「え? あれですか?」と目を瞬かせるアイビーを、クロームたちはクスクス笑いながら見ていた。
馬車から降り、ラシャンと手を繋いだアイビーは、瞳を輝かせながら顔を忙しなく動かしている。
道の両脇には屋台が並び、大勢の人が気軽に声をかけ合い、笑っている。
「ここは市場だから、お祭り関係なく屋台が多い道なんだけど、今日と明日はいつもより華やかになるんだよ。普段なら見かけない雑貨や食べ物が売られていたりするんだよ」
クロームの説明を聞きながら、空いている方の手でクロームと手を繋いだ。
祖父母は、アイビーたちの後ろを歩いている。
その後ろを、チャイブと数名の騎士がついてくる。
目に留まったネピの実のジュースを飲んだり、ネピの実を飾った蒸しパンを食べたりしながら市場を散策する。
途中、アクセサリーや小物を販売している屋台にも立ち寄って、ルアンへのお土産を買った。
大道芸人を眺めたり、音を奏でる一団に足を止めたりと、平民街のお祭りを楽しんだ。
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