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64 .絵のモデル

「お兄様、私、滑ってきますね」


「僕も行くよ。殿下を待っていたら、いつになるか分からないから」


「ラシャン!」


カディスの怒鳴る声を背に浴びながら、ラシャンと並んで滑りだした。

ラシャンは、愉しそうに笑っている。


「お兄様とカディス様は、本当に仲良しですね」


「うーん。アイビーが帰ってきてから仲良くなったかな」


「仲が悪かったんですか?」


「そういうわけじゃなくて、友達というより王子と臣下って感じで淡々としてたんだよ。でも今は、友達かもって思うよ。王子様相手に、そう思っていいのか分からないけどね」


「いいと思いますよ。レガッタ様は私を親友だと仰ってくださったので、立場がどうであれ、お友達になれるんだと思います」


ラシャンの口元が、朗らかに弧を描いた。


「そっか。そうだよね。ありがとう、アイビー。殿下と本当の友達になれそうだよ」


柔らかく微笑むラシャンに後光が差したように見えたのは、変化していくカディスとの立ち位置に悩んでいた憑き物が落ちたからだろう。

だが、アイビーは、ラシャンの気持ちが追いつかず、戸惑っていた理由を知る由もない。

今も何気ない日常会話としか思っていない。


——お兄様って、本当に麗しいな。私のお兄様だものね。納得だわ。


アイビーが幸せそうに微笑んだのはラシャンが綺麗だったからだが、ラシャンはアイビーが心を砕いてくれたと思って、優しいアイビーを自慢したい気持ちでいっぱいになったのだった。


30分ほどでカディスは滑れるようになり、レガッタは1時間かかったが進めるようになって、スケートの楽しさを実感していた。


ただ、その頃にはアイビーはジャンプや回転ができるようになっていて、周りの視線を独り占めしていた。

どこかしこから「本当に妖精だ」という声が聞こえてくるほど、人々を魅了していたのだ。

歓声を浴びるアイビーが、笑顔を振り撒いていたことは言うまでもない。


昼食時になり、アイビーたちは用意されたテーブルで食事を取りはじめた。


いつもなら側に居ようとする祖父母やクロームは、騎士や使用人たちを労うべく順番に声をかけている。

慰労会なのだからもっともな行動なのだが、アイビーは普段とは異なる貫禄ある3人の姿を敬うように見ていた。


「もう少し滑っていたかったですわ」


「来週もありますよ」


「絶対に来ますわ」


アイビーとレガッタは満面の笑みで顔を合わせているが、使用人たちは微苦笑を浮かべている。

「王女様が来週も来られるのか?」と思っていても、口には出さない。

カディスでさえ乾いた笑いをしていて、2人以外は同じ気持ちなんだろうと分かる。


「そうだ、アイビー。プレゼントを贈りたいんだけど、何がいい? 父上も協力してくれるから、欲しい物を言ってくれていいよ」


「いいんですか?」


「うん、何でも言って」


頬に指を当てながら「うーん」と唸ったアイビーは、閃いたと言わんばかりに目を開いた。


「欲しい物ではなくお願いになるんですが、いいですか?」


誇らしげにしていた顔を崩したカディスに怪訝そうに見られるが、アイビーは可愛らしい笑顔を絶やさない。


「なに?」


「カディス様の絵を描かせてください」


「僕の絵?」


「はい、モデルになってほしいんです」


レガッタは口を手で押さえているが、「キャー!素敵ですわ」という声はバッチリ聞こえている。

もう自分を描いてもらっているラシャンは、「あ、う、くっ」とよく分からない声を漏らしている。


「それくらいいいよ」


「ありがとうございます! 王子様の絵を描いてみたかったんです。キラキラした服を着て花束を持ってポーズを決めてくださいね」


両手を合わせて喜ぶアイビーを横目に、カディスは目を点にした後顔を引き攣らせ、ラシャンは顔を背けながら笑いだし、レガッタはまた抑えきれない「素敵すぎますわ」という声を上げている。


「普通に描くだけじゃダメなの?」


「はい。普通に描くだけでしたら、お父様やお兄様の方が綺麗ですから」


眉間に皺を寄せるカディスに、ひとしきり笑ったラシャンが涙を拭いながらニヤけ顔を向けた。


「殿下、約束は約束ですよ」


顔をしぼめたカディスが、わざと「はぁー」と声に出しながら息を吐き出している。


「分かったよ。協力するよ。でも、誰にも見せない。いい?」


「あんまりですわ。私、アイビーが描いたお兄様を見たいですわ」


「僕も、王子様の殿下を見たいです」


「レガッタはともかく、ラシャンはムカつくからダメだ」


カディスに睨まれ、おどけ顔をするラシャンに、アイビーは身を寄せた。


「お兄様、私がこそっと見せますね」


「ありがとう、アイビー」


などという、他愛ない話で盛り上がっているアイビーたちを、使用人たちは温かい瞳で見守っている。

特にフィルンとバーミの瞳は、優しく細められていた。


昼からのレースは、公爵家の面々と王族の2人は特等席で観戦する。


子供たちが行う一直線の競争から始まり、腕に自信がある人たちが行う個人対戦や、グループ対決のバトンリレーなどがあり、大きな声で応援をした。


それぞれの優勝者には表彰式でクロームから金一封が授与されるのだが、アイビーから欲しいという声が上がり、アイビーが手渡すことになった。


「すごいね」「カッコよかったよ」という言葉を投げるアイビーに皆だらしない顔で受け取っていたが、視線で牽制してくるクロームたちが怖くてアイビーとの会話は叶わなかったのだった。






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