63 .スケート
クロームのお休みの日。
ヴェルディグリ公爵家一同プラス、カディスやレガッタと共に、王都の外れにある大きな湖にやってきた。
この湖は、毎年冬になると魔術で表面を凍結させ、靴底に鉄の板を取り付けた靴で、氷の上を滑るという遊び場所になる。
いわゆるスケート場だ。
主に街の子供たちの遊び場なので出入り自由なのだが、高額の使用料を支払うと貸し切ることができる。
公爵家と王族が来る本日は、もちろん貸し切りになっている。
「楽しみですわ。一度やってみたいと思っていましたの」
「僕もないんだよね。ラシャンはあるの?」
「ありますよ。毎年2回は来ますから」
レガッタ・カディス・ラシャンの声を聞きながら、アイビーはこっちを見ている子供に手を振った。
子供は顔を真っ赤にして、母親だろう人の足に隠れてしまう。
可愛い自分と目が合って照れてしまったと分かる仕草に、アイビーの心は満ち足りる。
貸し切りなのに、どうして賑やかなほど人がいるのかというと、公爵家の騎士や使用人、その家族も一緒だからだ。
ヴェルディグリ公爵家では、毎年年末になる2月に慰労会と称してスケート大会を催している。
スケートリンクの周りで飲んだり食べたりしながら、前半は自由に遊び、後半はちょっとしたレースを行なうのだ。
公爵家を空にするわけにはいかないので、参加組と待機組に分かれて、全員が参会できるよう2回開催している。
「本日ヴェルディグリ公爵家に赴く」というカディスとレガッタそれぞれの手紙が届いた今日が、たまたま慰労会の日で「滑りに行くから遊べない」と返したのに、2人は顔を輝かせながらすぐさまやってきた。
そのため、一緒に来ることになったのだ。
良くも悪くも王子様と王女様らしい行動である。
使用人たちを労うクロームの言葉で、スケート大会は幕が上がった。
慣れている子供たちは、専用の靴を履き、颯爽とリンクの上を滑りはじめる。
奥様だろう人たちはデザートやお茶を片手に井戸端会議を始め、男性たちはお酒を煽っている人が目立っている。
「さぁ! 行きますわよ、アイビー!」
「はい! 楽しみましょう!」
「待ってよ! アイビー!」
——どれくらいの速さが出るのかな? シャーって滑ったら、風を感じるほどだよね。ジャンプとかしても楽しそう!
胸を弾ませているアイビーは、レガッタと手を取り合い、氷と陸の境目まで駆けていく。
「僕とも手を繋ごうよ」とラシャンに手を差し出され、アイビーは空いている方の手でラシャンの手を握った。
「レガッタ様! お気をつけください!」
後ろからレガッタの侍女である、バーミの慌てふためている声が聞こえた。
振り向くと、バーミは必死に早足で追いかけてきていて、その後ろを今にもヨダレを垂らしそうなルアンが、チャイブに何か言われながら歩いている。
そして、更にその後ろを、フィルンを連れたカディスがのんびり歩いてくる。
——カディス様も早く滑りたそうにしていたのに、変なの。
そう思いながらも、それ以上カディスに興味はないので呼んだりしない。
矢継ぎ早に話しかけてくるレガッタやラシャンに、返事をする隙間がないアイビーは頷くだけ頷いておいた。
侍女たちの力を借りて靴を履き替えている間も、2人のアイビーと話したい欲は収まらなかったようだが、氷の上に立つ瞬間になって嘘のようにレガッタが静かになった。
到着したカディスは、靴の履き替えをしながら、レガッタに声をかけている。
「レガッタ、怪我しないようにね。バレたら二度と公爵家に遊びに行けなくなるよ」
「分かっていますわっ」
バーミの腕を強く掴みながら、今まさに氷の上に立ったからか、レガッタの声は大いに力んでいる。
——そっか。そんな大事になるんだ。ごめんなさいで済まないなんて、王女様は大変だな。でも、今日転けなかったら来週も誘ってみよう。レガッタ様が運動できる機会を増やしてあげたいし、レガッタ様がいると私も楽しいしね。
アイビーは大きく頷いて、振り子のように反動をつけて立ち上がった。
勢いがよかったのに、フラつくことなくしっかりと立っている。
「え? アイビー、初めてじゃないの?」
「初めてです」
アイビーを教えようと横で待機していたラシャンは、手を彷徨わせながら唖然とした。
そんなラシャンの肩を、達観したような顔をしたカディスが叩いている。
「アイビー、どうして1人で立てますの?」
「立てると思ったら立てました」
「分かりませんわー」
苦笑いしたチャイブが、子鹿のように足を震わせているレガッタの支えをバーミから変わった。
安定感が違うのか、レガッタの震えはマシになったようだ。
「カディス殿下も、私がお教えしましょうか?」
「僕は立てるから、いらないよ」
軽い雰囲気で言ってきたチャイブが気に入らないというように、カディスは片眉だけあげてチャイブを睨んだ。
だが、いざ氷の上に立とうとして、盛大に尻餅をついた。
痛そうに歪められるカディスの顔に連動して、アイビーたちの顔にも皺が寄る。
——チャイブに教えてもらえばいいのに。意地張ってもいいことないのになぁ。
強がりたい少年心が分からないアイビーであった。




