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61 .カディスの誕生日

2月14日は、水の精霊が愛の告白をして村娘と恋人になった日らしく、この日は好きな人に愛を伝える日と定められている。


咲くまで何色の花になるか分からない花、ラルテキルルを蕾まで育て渡すことが愛情表現になる。

咲いた花の色を楽しむために、蕾の状態で渡す必要があるらしい。


これは、花が好きな村娘のために水の精霊が珍しい花を精霊界から持ってきて渡した、という逸話が残っているからだそうだ。


朝食をとるために食堂に着いたアイビーが、家族全員からラルテキルルの花の蕾を渡され、初めて知った内容になる。


「精霊界があるの?」と尋ねたアイビーに、クロームが「本当のところは分からないけど、精霊たちが隠れ住んでいる街があるのかもしれないね」と答えてくれた。


「行ってみたいなぁ」とのほほんとしていたアイビーが、目を白黒させたのは朝食後すぐだった。


なんと今日はカディスの誕生日らしく、部屋で待ち構えていたルアンにドレスを着せられ、クロームとラシャンと共に王城に向かい、会場入りすると群がられ、王族の入場があり、陛下とカディスの挨拶後はカディスにエスコートされながら会場を巡ったのだ。


そして、今、アイビーは豪華絢爛な会場で、これまた華麗絢爛なカディスとダンスを踊っている。

楽団の生演奏で聞こえはしないが、周りからは賞嘆の声や息づかいを感じられる。


つい先日も似たような体験をしたばかりなのに、なんともデジャブである。


「カディス様の誕生日が、こんなに近いなんて思いませんでした」


ダンスの時間になり、やっと2人きりで話せるようになったので気軽に会話している。

周りの声がアイビーたちに聞こえないのと同じで、アイビーたちの会話も周りは拾えない。

もちろん、お互い微笑みを絶えさず見つめ合ったままだ。


「知らなかったの?」


他人事のように聞き返してくるカディスに、今睨むことができないアイビーは笑みを深めた。


完璧な婚約者役を目指しているアイビーは、詰めが甘かったと後悔している最中だ。

教えてくれなかった周りに憤ったりしない。

本当に自分自身が気にかけていたらよかったことなのだから。


だが、婚約者を演じている仲間のカディスは、目指している目標が同じなのだから教えてくれてもよかったのだ。

知っていたら、婚約者としてラキテキルルの花の蕾を用意できた。

婚約者から無いだなんて、怪しまれたり、嫌味を言われたりしたらどうするのだ。


というのは建前で、単純にムッとしただけである。


「知りませんでした。ラルテキルルのお花のお話も今日知りました。だから、用意できていません」


アイビーがカディスにプレゼントすることを阻止したくて、公爵家の面々はアイビーに知らせなかった。

大人気もなく、ただの嫉妬である。


チャイブの中で重要なことではないので伝えず、シュヴァイたち使用人はクロームたちが教えているだろうと思って話さなかった。


カディスやレガッタからすれば、自分たちの誕生日を知られていないという発想がないので、わざわざ口にしなかっただけだ。


「別に要らないよ」


「でも、恋人同士は贈り合うものなんですよね?」


「そうだね。だから、僕は用意しているよ」


「嫌味ですか? 嫌味ですよね?」


教えてくれたらよかったのにと語るようなジト目をしてしまい、一瞬目を丸めたカディスに声を上げて笑われた。

笑う声は音楽よりも大きかったようで、周りで見ていた人たちがさすがに騒ついている。


——うっ。やってしまったわ。今は婚約者になりきらなくちゃいけないのに。


「すみません……」


「謝らなくていいよ。いつも微笑んでいるだけより仲良く見えるはずだから」


——そうなのかな? でも、微笑み合っているだけじゃなくていいなら楽になるわ。だって、カディス様って失礼なくらい笑うんだもん。


「あれ? でも、アイビーからもプレゼントがあるってフィルンに聞いたよ。部屋に移動させておいてくれるって。花じゃなかったんだね」


「何も渡せないよりかはと思って、先日作った雪うさぎを包みました」


「雪うさぎ? それなら庭に持って行ってもらった方がよかったな。もう溶けているだろうね」


「大丈夫です。お父様にお願いをして、保存の魔術をかけてもらっています。後1ヶ月くらいはもつそうです」


「さすがは師団長だけど……」


引き攣らせた笑みで微笑んでくるカディスに、アイビーは首を傾げながらも笑みを返す。


カディスは「娘のために開発したとかじゃないよね?」という言葉を続けそうになり、「聞かなくてもそうだろう」と完結したため、言葉を飲み込んでいた。

そのため、少し曖昧な笑顔になってしまったのだ。


見慣れないカディスの笑顔に、アイビーが不思議そうにするのは自然なことである。


音が段々と小さくなっていき、ふわりと体を離したアイビーとカディスはお辞儀をし合った。

歓声と拍手が響く中、カディスのエスコートで会場の真ん中を空けるように歩きはじめる。

これからダンスを踊る人たちとすれ違い、休憩をするためにバルコニーに出た。


体から力を抜くような重たい息が聞こえ、隣を見やると、エスコートを解いたカディスが大きく背伸びしていた。


「フィルンが立っていると思うから誰も出てこないよ。のんびりしよう」


「はい」


カディスにつられるように柵まで歩き、目の前に広がる景色を端から端まで見渡す。


「綺麗な庭ですね」


「そうだね。母上がうるさいから、手入れは行き届いていると思うよ」


カディスの面倒くさそうに吐き出した息が謎だったが、気にならないので尋ねなかった。


カディスは見える場所の説明をアイビーにしながら、今日の会場を思い浮かべいた。

明らかに婚約パーティーよりも豪華だった。

例年の誕生日よりも華やかで、周りからすれば婚約して立場が固まったからだと思ったことだろう。


だけど、カディスには、アイビーとの婚約を認めたくない母の嫌がらせのようにしか感じなかった。


王子の誕生日パーティーの質を、婚約パーティーより落とすことはできない。

国庫がないと思われたら立場が危うくなるかもしれないからだ。

でも、それなら婚約パーティーと同等でいいのだ。

差が明確なほど、お金をかける必要はない。


「アイビーは気づいていないだろうけど、師団長とラシャンには何か言われそうだな」と、今度は心の中で息を吐き出していた。


アイビーが思い出したように手を叩いた音に、カディスの思考が途切れる。


「お父様に聞いたんですけど、御神木があるんですよね。ここから見えますか?」


「ここからは見えないよ。神聖な場所として祀られているから、王族しか立ち入れない場所にあるんだ」


「そうなんですね。見てみたかったから残念です」


「そのうち案内するよ。アイビーならいいって、父上は言うだろうからね」


「ありがとうございます」


穏やかな時間を過ごしていると、遠慮気味に窓をノックされた。

アイビーは顔を向けるが、カディスは「時間か」とバルコニーに出た時と同じように背伸びしている。


「戻ろうか」


「はい」


窓を叩いたのはフィルンのようで、恭しく頭を下げられた。


すぐにカディスとアイビーを探していただろう人たちに囲まれ、婚約パーティーの時同様に褒めちぎっては相手の鋭い視線を緩和していく。


前回は嫌悪感を出していたが今回は友好的な二度目ましての人たちに対しては、前回との違いを指摘して褒めれば緩んだ頬に赤みがさしていく。


アイビーとしては嫌われなければいいと思って対応しているだけなのだが、アイビー親衛隊の兆しが見えはじめたことに、横にいるカディスは「本当に大した手腕だな」と舌を巻いていた。






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