57 .アイビー・ヴェルディグリって誰!?
「どこにいるのー……」
キャロットオレンジ色の髪をクリクリの縦ロールにしている女の子が、瞼を落としてディープロイヤルパープルの瞳を隠した。
背中は、ソファの背もたれに深く預けている。
ソファ前にあるローテーブルには、報告書と記載された紙が置かれていた。
「ムスタヨケルの街で合っているはずなのに。カフィーがいなきゃクリアできないイベント多いのに」
部屋の中には少女1人だ。
専属の侍女にも下がってもらっている。
体を起こした少女は、ソファの上で胡座をかき、難しそうに顔を顰めながら腕を組んだ。
マジでさ、カフィーはどこにいるのよ。
ゲームでは顔半分を仮面で隠していたから色合いしか分かんないせいで、探すのがこんなにも難航するなんて思わなかったってーの。
エーリカとヒースが簡単に見つかったから、慢心してたのかも。
ううん、違うわ。あの脂ギッシュなあいつが悪いのよ。
色んなところで聞き込んだせいに決まってる。
本当に最悪。
最強のモブだから、絶対味方につけたいのにー!
カフィーが傭兵団に入るまで待つしかないのかな?
でもなぁ、可能なら師匠が死ぬのを防いであげたいんだよね。
唯一の家族っていう話だったし。
重たい息を吐き出しながら、また背もたれに体を預けた。
天井を見つめながら、思いを巡らせる。
前世の記憶を取り戻してから、もうすぐ3年かぁ。
あっという間だったなぁ。
物語の始まりが15歳だから、後約3年。
それまでに死亡フラグを全部折って、最押しのカディスと会わなきゃ。
ってかさ、どうして元のバイオレットは、あんな最悪な王子に嫁ぎたいとか思ってたんだろ。
理解できないわ。
この前なんてエーリカも含めて3人のお茶会の席で、急に泣き出したんだよ。
その理由が、お漏らしなんだよね。
目を光らせられすぎてる緊張からのお漏らし。
エーリカは助けてあげてたけど、私はドン引きしてしまった。
王子の隠されている背景を知っているし、可哀想だと思うけど、王妃を相手にできるほどの力は私にはない。
王妃に、大切にしている花はことごとく荒らされ、友達と思っている虫や動物たちは殺される。
次は見つからないようにと、隠すのが上手くなっていく王子ルートのバッドエンドは監禁。ハッピーエンドでも首輪がつく。
ゲームだから「過激!」って楽しめたけど、現実では受け入れられない。
まぁ、王子ルートはまだ可愛げがあるんだけど、残りの問題は騎士団長の息子と宰相の息子なのよ。
魔法師団長の息子であるバイオレットの兄に関しては、ある程度矯正できたとは思うから大丈夫なはず。
癖のある攻略者たちばかりで、隠しルートのカディスだけが王道なのよね。
本当に、どうしてよりにもよって、このゲームだったんだか。
ドアがノックされて、慌てて姿勢を正した。
「お嬢様、シャルルです」
「入っていいわよ」
静かに開いたドアから、オリーブ色の髪を三つ編みにし、トパーズ色の瞳をした侍女が入ってきた。
手には、何やら手紙を持っている。
「どうしたの?」
「ヒースより速達で届きました」
ヒースとは、将来裏路地で情報屋を開く青年の名前だ。
カフィーと同時に探し出し、彼はすぐに見つかった。
すでに頭角を表していたので、今はカディスの動向を探ってもらっている。
理由は、彼の父であるセルリアン王が本格的に寝たきりになるというか、この世から去ってしまうからだ。
確かセルリアン歴で年を越せないはずだから、寝込んでしまったという報告だろう。
少し前にカディス宛てに内密で送った手紙の返信は素っ気ないものだったけど、事態が動いたらさすがに提案に乗ってくれると思う。
ちょっと汚い手だけど、自由に動けない身としては思うように助けに行けないので許してほしい。
アムブロジアの王国は、本当に頭がおかしい人たちが多いから色々大変なのだ。
そして、あわよくばという気持ちがある。
可愛いと思う子供時代を独占したい。
カディス宛てに手紙を書かなきゃなと思いながら、ヒースからの信書に目を通した。
目を見開いた後、斜め上に視線を逸らし、何度も瞬きしてから顔を戻す。
もう1度読んでも信じられない内容しか記されていない。
は? なんで? どうして? カディスが婚約? アイビー・ヴェルディグリって誰!?
え? え? ゲームで語られていないだけで婚約してたのかな?
2年後に、カディスはお忍びでアムブロジア王国ローレメリエの街に来るのよ。
そこで、迷子になっているエーリカと出会い恋に落ちて、1年後に再会して愛を育むのがカディスルートなのよね。
だったら、エーリカと出会う前に破棄になったか、婚約者が死んだかよね?
しかも【セルリアン王は壮健】って……毒は? 盛られてないの?
えー! もう! 一体、どうなってるのよー!
「お嬢様。顔色がよろしくありませんが大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ。シャルル、ヒースに手紙を送るわ」
「かしこまりました」
一礼してペンや便箋の用意を始める侍女を見やる。
まずは、アイビー・ヴェルディグリについて調べてもらおう。
知らないってことはモブ中のモブだろうけど、カディスの婚約者っていう点だけが気になるのよね。
カディスの婚約者の席を空けてもらうためには、何があるか分かっても助けてあげられないけどね。
申し訳ないけど、私も生きるために必死なのよ。
そのために、カディスの協力は必要不可欠なの。
攻略対象唯一の常識人だから、会えばきちんと話を聞いてもらえて、私のチート知識に惹かれてくれるはず。
念のため、カディスにも手紙を送ろう。
体調不良を知った時には手遅れ、なんてことになったら寝覚めが悪いもんね。
どうにか恩を買ってくれないかな。
そうしたら、もし結ばれなくても、いざという時の逃亡先にできる。
頭を悩ませながら文字をしたため、最後にバイオレット・メイフェイアと記入し、カディスに手紙を送ったのだった。




