54 .婚約パーティー
王族専用の控え室にアイビーを届けに来たクロームとラシャンは、両陛下に軽い挨拶をして去っていった。
チャイブとルアンは、使用人控え室にて待機するそうだ。
何かあったり休憩室に行くようなことがあれば、周りにいる給仕係や会場の様子を確認している使用人に、チャイブかルアンを呼んできてほしいと言えばいいと教えられた。
アイビーは、入場を促す使用人が呼びに来るまで、カディスというよりレガッタと話をして時間を潰していた。
控え室から物々しく移動した先は、扉の代わりにビロードのような青色の生地で裾に金糸と銀糸で刺繍が施されているカーテンがある場所だった。
両側に立つ使用人がカーテンを開くと、明るい世界が飛び込んでくる。
といっても、大人の人の腰くらいまでの太い柵があることくらいしか分からない。
アイビーの身長なら、鎖骨から上が出るくらいだろう。
「セルリアン王国第1王女、レガッタ・ブル・セルリアン王女殿下のご入場です」
レガッタが入場をした後、両陛下が会場に入っていく。
本来なら両陛下は最後の入場になるのだが、アイビーの紹介を兼ねた婚約発表なので先に壇上したのだ。
カディスとアイビーは、陛下の呼び込みで登場することになる。
カーテンが閉められ、会場の様子が分からなくなったアイビーは、自分とお揃いの青色を纏っているカディスを見上げた。
「なに?」
「お父様が王家の色と仰っていたのですが、青色が王家の色なんですか?」
「青といっても、今着ている青色だけが王家の色だよ。瞳の色に似ているでしょ。一目見て分かるようにね」
「そうなんですね。あれ? じゃあ、ヴェルディグリ公爵家でも色があるのかな?」
後半は独り言だったが、カディスは拾ってくれ説明をしてくれる。
「あるよ。ヴェルディグリ公爵家は力を誇示しているようで嫌なのか、要所要所にしか使わないけどね。鮮やかな緑色がそうだよ」
「見たことあります。では、先日のスペクトラム公爵家の馬車の色は、もしかして家門の色なのですか?」
「うん。スペクトラム公爵家は、どこにでもあの赤色を取り入れているよ。ちなみに、クレッセント公爵家は明るい黄色だよ。こういうパーティーの時はみんなどこかに色を取り入れているから、どの家門に近いのか分かり易いんじゃないかな」
アイビーは数回頷きながら、父と兄の胸ポケットから顔を覗かせていたポケットチーフが緑色だったのを思い出していた。
「さ、そろそろだ。緊張してる?」
「いいえ。緊張されていますか?」
「僕が? あり得ないよ」
陛下の呼び込みがあったようで、会場に繋がる目の前のカーテンが使用人によって左右に引かれた。
カディスのエスコートでレガッタの横を通り抜け、両陛下の隣に並ぶと、階下から拍手も大歓声も起こらなかった。
王族が登場する場所は招待客よりも1階分高いフロアになり、両脇にある階段で下の階と繋がっている。
そのため遠くにいなければ、アイビーの姿は誰からも見えるのだ。
大人たちは誰もが、妖精姫の再来に見えるアイビーに釘付けになっている。
妖精姫を知らない人たちは、食い入るように見つめている。
アイビーと微笑み合ったカディスが、面持ちを正面に戻し、挨拶をした。
「セルリアン王国の第1王子である、私、カディス・ブル・セルリアンは運命の出会いを果たし、縁と気持ちが結ばれ、我が国の公爵家の1つヴェルディグリ公爵家の息女であるアイビー・ヴェルディグリ公爵令嬢と婚約に至った。婚姻には数年要するが、これから先ずっと2人で歩んでいきたいと思っている。まだ年若い私たちを支えてもらえれば幸いだ。よろしく頼む」
カディスの声は、舞台上に設置されている拡声器にて会場に行き届かせている。
招待客たちはカディスの声に我に返り、寄り添っているアイビーとカディスに盛大な拍手を送ったのだった。
この後はダンスの披露が待っているが、その前に狸と狐の化かし合いともとれる歓談がある。
カディスと共に階段を降りるや否や、大勢の貴族たちに取り囲まれた。
階段前は危ないからと場所を移動しようとしても、目の前には分厚い人の塊があり、全くもって進めない。
最前列にいる人たちは後ろから押されているのか、少しずつ距離を詰めてくる。
危険を感じた近衛騎士が埋もれそうになるカディスとアイビーの前に進んできてくれ、なんとか空間を保てるようになった。
「アイビー、大丈夫?」
「大丈夫ですが、これがパーティーなんですね。先日、カディス様が疲れていた理由が分かりました」
「あれとはまた違うよ」
微苦笑するカディスにアイビーは首を傾げながら、エスコートされるがまま移動していく。
階段から少し離れたところで止まり、カディスが大声で「1組ずつ順番に挨拶をする」と宣言してくれ、近衛騎士たちの協力のもと貴族たちは列を作った。
貴族たちとの会話はカディスがしてくれ、アイビーは横でにこやかに笑顔を振り撒いた。
そして、時々カディスと微笑み合うことを忘れない。
嫉妬を滲ませて睨んでくる人たちもいたが、アイビーはそういう令嬢たちに対して可愛らしく微笑みながら令嬢たちを褒めた。
チャイブから「全員、じゃがいもか玉ねぎだ。格の違いを見せつけてやれ」と言われていたので、ありきたりな野菜を上手に調理するため、笑みを浮かべながら褒めたのだ。
どんなに嫌悪感を示されても、友好的に褒めれば誰もが心の壁を低くする。
それに、アイビーには武器になる容姿がある。
微笑むだけで周りは勝手に溺れてくれるが、可愛らしく褒めるとほとんどの人が敬愛を捧げてくる。
挑戦的だった視線が次の貴族と交代する時には友好的なものに変わっていて、カディスは顔には出さないが感心していた。
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