52 .チャイブの想い
アイビーを抱き上げているチャイブの周りで狼狽えていたクロームたちは、アイビーの寝息に小さく息を吐き出した。
でも、顔はまだ強張ったままだ。
「……僕のプレゼントが嫌だったのかな」
今にも泣きだしてしまいそうなラシャンの頭を、クロームが撫でた。
チャイブはアイビーを抱えながらも、ラシャンと視線を合わせるために腰を落とした。
「違いますよ。お嬢様は嬉しくて泣いたんですよ」
「本当に? だって……」
アイビーが壊れたように泣いていたからだろう。
嬉しいのなら、あんなに激しく泣かないのでは? とラシャンの瞳が語っている。
「ラシャン様にお伝えするのは、少し気が引けるのですが」
「アイビーのことなら全部教えて!」
チャイブは、真っ直ぐ見てくるラシャンの腕を軽く撫でる。
「お嬢様は、たまに『お母様が死んだのは自分が生まれたせいだ』と仰っていたんです」
「なっ!」
「違うよ! アイビーのせいじゃないよ!」
静かに泣きだしたローヌの体を、ポルネオが抱き寄せた。
ポルネオの頬にも、雫が伝う道ができている。
クロームは辛そうに唇を噛んでいて、ラシャンの瞳からは先ほどのアイビーのように涙がとめどなく流れていく。
「ええ、もちろん『馬鹿なことを言うな』と都度訂正をし、お嬢様も頷いていました。でも、きっと私の言葉だけでは足りなかったのでしょう。だから、生まれてきたことを祝ってもらえていたという事実が嬉しくて泣かれたんですよ。私もお嬢様の誕生日だけは朝から晩まで一緒に遊びましたが、やはり家族の愛には勝てなかったようですね。ラシャン様たちが羨ましいです」
チャイブの言葉には、愛しみが溢れている。
洪水のような涙を一生懸命腕で拭っているラシャンに、クロームはハンカチを渡した。
受け取ったラシャンは自分の涙を拭かずに、しゃがんで渡してきたクロームの頬にあてた。
クロームもまた、我慢できずに頬を濡らしているからだ。
チャイブは、眩しいものを見るように目を細め、ゆっくりと立ち上がった。
「ねぇ、チャイブ」
「はい。なんでしょうか、ラシャン様」
「僕はアイビーが好きだよ。愛しているよ。僕の妹で嬉しいんだ」
「はい」
「どうすればアイビーに伝わるかな?」
「十分伝わっていますよ」
「もっと伝えたいんだ」
ラシャンの瞳は潤んでいるが、強い意志がそこにはある。
チャイブは「本当に優しい子だな」と柔らかく微笑んだ。
「では、毎晩おやすみの挨拶の時に、気持ちを伝えてみてください。『明日も一緒に過ごそうね』と」
「今も『また明日ね』って言っているよ。何が違うの?」
「『一緒に』という言葉があると、ラシャン様の横にいてもいいと言われているみたいに感じませんか?」
「アイビーはここにいていいんだよ!」
「はい、そうですね。ただお嬢様は、色んな人と『またね』『また明日ね』と言い合ってきましたが、1度住んだ街に戻ることはなかったため、約束を果たせないことが多かったんです。『またね』『また明日ね』がどういう言葉になるか分かりますか?」
「……意味がない挨拶になる」
落ち込んだように俯くラシャンの頭を、不敬だと分かっているがチャイブは柔らかく叩いた。
「意味がないとまでは言いませんが、叶わなくても当たり前の言葉として理解してしまっているんです。会えないからと言って誰かに責められるわけでもありませんから、お嬢様の中では明日会えるのが当たり前の言葉ではないんですよ。この11年、変わらずお嬢様の側にいたのは私だけ、ということも加味されてしまいますが」
「もしかしてアイビーは、明日また旅に出ることになっても、それが当たり前だと思ってるってこと?」
「はい。寂しく思われるでしょうが、それがお嬢様の中での当たり前なんです。ずっと住むと言われても、心のどこかで自分が1ヶ所に留まれるとは、まだ思われていないでしょうから」
現にアイビーは「もし離れることになっても」という言葉を、チャイブに投げている。
あの時「絶対にここから離れないから安心しろ」とは言えなかった。
この先どうなるのか分からないし、アイビーが求めている言葉がソレじゃないことも分かっていたからだ。
侍女長の時、手を貸さなかったのは、アイビーに家族に相談をさせたかったからだった。
自分以外にも頼れる人はいるのだと、家族に遠慮する必要はないのだと、アイビーに気づいてほしかったのだ。
「だから、言い方を変えた方がいいんだね」
「そうです。意識の植え付けではありませんが、『一緒に』と言われると、よりハッキリとした約束になりますから」
離れていかないのはチャイブだけ、という根付いてしまっている当たり前を変えないといけない問題なので、家族で何年も過ごせたら解決するだろう。
でも、ラシャンが求めるのは今行動できる方法だろうからと、チャイブはアイビーが好きそうな言葉を提案したのだ。
「後は、1週間後や1ヶ月後などで、たくさん遊ぶ予定を決めてあげてください。1年後とかだと本当に叶うのかどうかで悩みそうですから」
「分かった。アイビーと遊ぶ約束をいっぱいするよ」
ラシャンは、赤くなってしまった目元をキリッとさせて、大きく頷いている。
そんなラシャンを、クロームは愛おしそうに抱きしめた。
「家族みんなで色んなところに出かけよう」
「そうだな。楽しいことをみんなでしよう」
「ええ、みんなで一緒に過ごしましょうね」
クロームや祖父母もラシャンの言葉に同意して、4人は微笑み合ったのだった。
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