50 .演技力
アイビーは可愛らしく微笑みながら、カディスの手を取り、レガッタがズレて空けてくれたスペースに移動した。
カディスの横に並ぶと、ボッシュたち3人に笑顔を振り撒いてからカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。ヴェルディグリ公爵家クローム・ヴェルディグリ公爵の娘、アイビー・ヴェルディグリと申します。これから先カディス様と過ごす中で、お会いする機会が多いと思われます。その際はぜひよろしくお願いいたします」
ボッシュの笑い声に顔を上げると、ルージュには値踏みされるような視線を、ダフニからは助けを求められるような視線を向けられている。
威圧感のあるボッシュからは、面白いというような瞳で見られていた。
「婚姻まで数年あるが、それまでもそれ以降もカディスと仲良く過ごせると?」
「はい。もっと好きになっていただけるよう努力いたしますので」
アイビーが恥ずかしそうにカディスを見上げると、カディスは照れたように微笑んでいる。
本当に演技に対して安心感がある相棒だ、とお互い改めて思ったものだ。
「これ以上、好きにさせられたら困るよ」
「どうしてですか?」
頬に人差し指をあて小首を傾げるアイビーを、スペクトラム公爵家の騎士たちでさえ蕩けた面持ちで見てきた。
「離れたくなくなって、四六時中アイビーに引っ付いていたくなる」
「あら、私の方がカディス様を好きということですね。私はすでに離れたくありませんから」
「悔しいな。ものすっごく我慢している僕の方が、絶対に好きなはずなのに」
「ふふ。嬉しいです」
見つめ合いながら言い合っているものだから、レガッタは両手で口を隠しながら興味津々に見ていて、ラシャンは鬼のような形相でカディスを睨んでいる。
ラシャンの握りしめている手が震えているので、そろそろ我慢の限界かもしれない。
「それはそうと……」
カディスが冷静な声を放ちながら、ボッシュたちに向き直った。
「僕のアイビーは挨拶をしたのに、お祖父様たちはされないんですか?」
鼻で笑ったボッシュから順番に、名前を名乗るだけの簡単な挨拶をされた。
ボッシュをはじめ、アイビーとは仲良くしたくないという意思表示だと分かる。
「あ、あの、私、精霊魔法が使えるのだけど、あなたは何かできるんですか?」
名前を名乗られた直後に、そのままダフニに怯えながら言われた。
何をそんなに怖がっているのかと聞きたくなるくらいだ。
まるで魔物に遭遇してしまったかのように見られているのだから。
「ありませんわ」
当然、チャイブの以外の全員の目が点になっている。
横にいるカディスさえ、演技を忘れて顔を固めている。
斜め後ろにいるラシャンは、前のめりになりそうだった体をどうにか揺らすだけで留められていた。
ラシャンとしては、アイビーは天才だと声を大にして言いたい。
言いたいのだが、それをしてはいけないと分かっている。
精霊魔法が使えることは秘密だし、騎士の家ではない令嬢が剣の訓練をしているなんて嫌厭されるように見られることになるからだ。
「な、なにもないんですか? カディス殿下との婚約ですよ? カディス殿下と結ばれるには能力が必要なんですよ?」
「能力なんていりませんよ」
微笑みを絶やさず堂々と言い切るアイビーに、ダフニは泣きそうな顔でたじろいでいる。
だが、どうしても引き下がりたくないのか、唾を飲み込んだ後に、震える声で言い返してきた。
「そんなのおかしいです……王族と結婚するのに、何もできない子が嫁ぐなんて……皆さんに虐められてしまいますよ」
「皆様は憤りを感じるかもしれませんが、何もできなくても、私がいるだけでカディス様は癒されるんですから、私は笑っているだけでいいと思うんです」
「ね?」とカディスに微笑みかけると、カディスは顔を俯かせて肩を震わせた。
我慢できない声が漏れているので、本当はお腹を抱えて笑いたいんだと分かる。
どうにか笑いを収めて大きく深呼吸したカディスがアイビーに笑顔を見せるが、アイビーを見た途端にまた笑い出した。
どうやら抑えられない笑いのツボにハマってしまったようだ。
拗ね気味にカディスの腕を軽く叩くと、「ごめんごめん」と謝られた。
「本当にアイビーといるだけで幸せだよ。側にいるだけで存在価値があるんだから、能力なんて必要ないよね」
「嬉しいです。ずっと側にいさせてくださいね」
「もちろん」
寄り添うように体を引っ付けると、後ろから歯軋りが聞こえてくる。
そろそろラシャンが爆発するかもしれない。
カディスにも、ラシャンの不穏な音が聞こえたのだろう。
「きちんとしたお話は、婚約パーティーの時に改めてしませんか?」
早々に切り上げるため、祖父であるボッシュに声をかけている。
「そうじゃな。今日は顔が見られてよかったぞ」
不敵に笑ったボッシュが「帰るか」と馬車に乗り込んだ。
ルージュは、冷めた瞳のまま一礼してボッシュの後に続いている。
ダフニは、ルージュたちとカディスを困ったように交互に見て、顔を曇らせながら乗車した。
目の前から馬車が消えると、いくつものため息が聞こえ、アイビーはラシャンによってカディスから引き剥がされたのだった。
一騒動あったが、アイビーは忘れずにドアを閉めた馬車の中で蝶を作り、チャイブからフィルンに蝶を隠したお土産を渡してもらっている。
「次は婚約パーティーで」と言い合い、ようやく王城を去れたのだった。
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