49 .スペクトラム公爵家
昼食後はトランプで遊びながら、来年からアイビーとレガッタも通うことになる王立学園の話に花を咲かせた。
王立学園は12歳から14歳までの初等部(基礎学部)、15・16歳の中等部(専門学部)、17歳の高等部(職業訓練部)に分かれている。
基礎学部では勉学を学び、専門学部では文学・魔術・武術に分かれて学び、職業訓練で実際に1年間研修訓練生として現場に赴くことになる。
王立学園の年齢基準は1年の始まり3月1日から1年の終わり2月28日までに迎える年齢になるので、今年の1月21日で11歳になるアイビーは3月1日から王立学園1年生になる。
レガッタに「同じクラスになりたいですわ」と言われ、アイビーも「レガッタ様が一緒だと絶対に楽しいですね」と心の底からの気持ちを伝えた。
もちろん喜んだレガッタから抱きつかれている。
夕方まで遊んだので、さすがにもう大丈夫だろうとアイビーとラシャンは帰ることにした。
遅くなりすぎても祖父母や使用人たちが心配する。
それに、夜に1日の報告を受けるだろうクロームが拗ねるかもしれない。
馬車が馬車道の停車場に待機できただろう時間を見計らって向かったが、目の前には赤を主調とした豪奢な馬車が停まっていた。
そして、順番待ちをするように、少し離れたところにヴェルディグリ公爵家の馬車と騎士たちの馬が見える。
ラシャンと繋いでいる手にわずかに力を込められ、アイビーはラシャンを見上げた。
前を歩いていたカディスやレガッタからは、ため息が溢れている。
「お嬢様、あの馬車はスペクトラム公爵家の馬車です」
後ろからチャイブが小声で教えてくれ、アイビーは小さく頷いた。
アイビーは、婚約パーティーに向けて、貴族の勢力図をきちんとチャイブから習っている。
だから、スペクトラム公爵家がどういう家門かも覚えている。
なんでも祖父のポルネオと、スペクトラム公爵家当主であるボッシュ・スペクトラムは犬猿の仲とのこと。
というか、スペクトラム公爵家は、もう1つの公爵家クレッセント公爵家とも仲が悪い。
理由は、スペクトラム公爵家を主とする派閥は、黒い噂が絶えないからだそうだ。
現当主のボッシュ・スペクトラムは、王妃殿下の父親でカディスやレガッタの祖父になる。
息子がいるはずだが、まだまだ爵位を譲り渡す気配はないらしい。
息子はボッシュと同じで、スペクトラム公爵家の証と言われるルビーレッドの瞳を受け継いでいないとのこと。
だから、ルビーレッドを受け継ぎ、王妃であるカメリアと違って可愛がられていないそうだ。
ちなみにレガッタが教えてくれたダフニは、その息子の養女として迎えられている。
というのが、表向きの話で、本当は三家とも大の仲良しである。
この話は、ほんの一部の人間しか知らないとのこと。
誰が知っているかというのは、各公爵家当主の3人しか把握していない。
いち早く不穏分子を探り、排除するか泳がせるか、はたまた飼い慣らすかをするためには、つけいる隙を見せるくらいの仲でいることがいいらしい。
今も夜中にこそこそと集まって、当主たちは情報を交換しているそうだ。
母であるティールを逃がせ、匿えていたのは、3つの公爵家が裏で結託をしていたからだ。
本来ならば、アイビーは教えてもらえない情報だが、チャイブが知っておいた方がいいと内緒で教えてくれたのだ。
そして、誰にも話してはいけないと念押しされている。
もし溢したりしたら舌を切ると、ハサミを持った真顔のチャイブに脅されている。
あの場面を思い出すだけで身の毛がよだつのだから、本当に心の底から知りたくなかった情報だ。
スペクトラム公爵家の馬車が出発しない限り、ヴェルディグリ公爵家の馬車は動けない。
仕方がないから隅で待機しておこうとなったが、アイビーたちが到着すると、スペクトラム公爵家の馬車のドアが開けられた。
そして、中から深い皺を刻んでいる初老の男性が降りてきた。
ラベンダーグレイ色の髪の毛をコームオーバーにしていて、ローズレッドの瞳をしている。
続いて、サーモンピンク色の髪をふんわりパーマにしている猫のように少しだけ釣り上がった瞳の女の子と、ローズダスト色のストレートヘアでそばかすが特徴的な女の子が降りてくる。
カディスが「お祖父様とルージュとダフニ」と言っていた。
ということは、男性がボッシュ・スペクトラム公爵。
猫のような可愛い女の子の瞳の色がルビーレッドなので、彼女がルージュ・スペクトラム公爵令嬢だと分かる。
そして、残っているそばかすが特徴的なワインレッド色の瞳の少女が、養女のダフニ・スペクトラム公爵令嬢だ。
爽やかな笑みを浮かべ、カディスが声をかけた。
「あれ? お祖父様、お忘れ物がおありですか?」
「いいや。出発しようと思ったら、お前たちが見えたものでな。可愛い孫たちと挨拶したいと思ったんじゃよ」
「そうでしたか。今日は予定があり、時間を取れず申し訳ございませんでした。愛しの婚約者との時間でしたので、ご了承いただければ有り難いです」
斜め後ろを向いたカディスに、「アイビー」と柔らかく呼ばれ、手を差し出された。
強く握りしめてくるラシャンの手を、2回ほどニギニギと握ってから手を離すと、ラシャンは名残惜しそうに離してくれた。




