48 .レガッタがダンスを好きな理由
ピアノの演奏がゆったりと流れはじめ、アイビーはカディスと、ラシャンはレガッタと踊りはじめる。
「なんだ。本当に上手なんだね。これなら五月蝿く言う奴らはいないと思うよ」
「ありがとうございます。殿下のリードのおかげです」
ラシャンから「殿下はダンスが嫌いみたいで滅多に踊らないんだよ。でも、下手じゃないと思うよ。見惚れている子は多いからね」と聞いていた。
アイビーにとっては、カディスがダンスを好きでも嫌いでもどっちでもよかった。
ダンスが嫌いだとしても、カディスは演技のために見つめ合って踊ると思っていたからだ。
ただ、下手じゃないということは上手でもないと思っていたから、「私がリードしなければ」と決意を心に立てていたのだ。
それなのに驚くほど踊りやすくて、お世辞ではなく本心からお礼を述べていた。
「頻繁にレガッタの相手をしているからね。自然と上達したんだと思う」
向こう側で、楽しそうに踊っているレガッタに視線を送る。
「本当に好きなんですね」
「レガッタは王女だからね。遠慮なく体を動かせるものは、ダンスと乗馬くらいなんだよ」
「体を動かすのは気持ちいいですのに勿体ないですね」
「顔や体に傷がついたらって一々五月蝿いからね。乗馬も父上がレガッタに馬を贈って何とかだから」
「傷くらいレガッタ様の可愛さでカバーできますのに」
街の女の子も、やんちゃだったり力や気が強かったりしただけで、野蛮だの女じゃないだの可愛くないだの色々言われていた。
何だか腹が立っていたら、チャイブに「頭が硬い奴が多いんだ。女の冒険者や騎士に『女のくせに』っていう馬鹿もいるくらいだからな。そんな奴らは救いようがない。転けて顔を打てばいいのにって願えばいい」と頭を撫でられた。
それからというもの、そんな人を見ると「転ければいいのに」と怨念を送っている。
目が合ってしまった時はすぐさま微笑みに切り替えるが、心の中では「転けろー、転けてしまえー」と強く吐いている。
マナーの授業の時に、「街の女の子に対して以上に、貴族は淑女に関して五月蝿い」とチャイブから教えてもらっている。
チャイブがしてくれた授業内容は理解している。
貴族とはそういうものだ、と飲み込んでいる。
でも、活発だと思うレガッタが、型に押し込められていると思うと不愉快な気分になった。
だからといって、アイビーに何かできるのかと聞かれても、今までのように物恨みを飛ばすしかできない。
モヤモヤするが、どうしようもない。
アイビーが拗ねるように言うと、途端にカディスが声を上げて笑い出した。
アイビーは、目を瞬かせながらも問題なくステップを踏む。
もちろん笑っているからといって、カディスが間違うこともない。
「僕もそう思うよ」
目を細めながら愉しそうに同意され、アイビーは小さく微笑みながら大きく頷いたのだった。
初めて踊るにしてはカディスとの息がピッタリで、ダンスの先生に褒められた。
ダンスの先生から「まるで運命の相手のようですわ」と言われたので、カディスとアイビーは視線を絡ませた後に「ありがとうございます」と声を合わせてお礼を伝えている。
ダンスの先生が、仲睦まじかったと噂を流してくれれば上々だ。
レガッタが満足するまで相手を変え繰り返し付き合ったが、疲れたのはレガッタだけというおかしな図にラシャンとカディスは苦笑いをしていた。
それぞれが汗を拭き着替えてから、サンルームで昼食をとることになった。
公爵家の味付けとは異なるが、前回のスイーツ同様、王宮のご飯も美味しい。
幸せそうに食べるアイビーを見ながら、ラシャンは目尻を下げている。
「とても楽しかったですわ。皆様、ありがとうございますわ」
「私も楽しかったです。またご一緒してくださいね」
「もちろんですわ」
飛び跳ねそうなほど喜んでいるレガッタにつられるように、アイビーの頬が緩む。
「レガッタ。アイビーは乗馬も嗜むそうだよ」
「お父様から聞きましたわ。来年の夏にでも、みんなで遠乗りをしようって約束してくださいました」
「楽しみだね」
「はい」
カディスたちが毎年夏に訪れているという避暑地グルーミッドの街の話を聞きながら4人で和気あいあいとしていると、ドアがノックされた。
フィルンがドアを開け、使いの者から受けた言付けをカディスに小声で伝えている。
面倒臭そうに息を吐き出したカディスは、「約束はしてないから追い返していい」と口に出した。
フィルンが、廊下に待機している使いの者に伝えに部屋から出ていく。
「お兄様、どなたが来られましたの?」
「お祖父様とルージュとダフニだって」
聞いたレガッタの面持ちから表情が抜け落ちていく。
「追い返してよろしいんですか? 僕とアイビーは帰りますよ」
「気にしなくていいよ。お母様のところにでも行くだろうから。それに、たぶんだけどアイビーを見に来たんだと思うよ」
「私をですか?」
「僕を射止めたというアイビーが、どれほどのものか見たいんだよ」
——それなら見てもらっていいけどな。私の可愛さに納得すると思うのよね。
「お会いしましょうか?」
「ううん、アイビー。父様がいない所では止めておこう」
「うん、それがいいと思うよ。とりあえず、ここで時間をつぶして、頃合いを見て馬車まで送るよ」
「分かりました」
小さく頷くと、レガッタは「まだアイビーと遊べますのね」と元気を取り戻していた。
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