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4

ヴェルディグリ公爵家に着くと、クラナッハは門番に短剣を見せていた。

飛び跳ねるように驚いた門番が、落ち着きのない様子で屋敷に向かって消えていく。


「歩いた方が早い気がするが……待つか」


ローブの帽子が脱げないように引っ張りながら、呟いたクラナッハを見上げた。


「顔を出すなよ」


「うん、大丈夫」


20分後くらいに、屋敷の方から小さな馬車が、砂埃を上げる速さで向かってきた。


馬車は門の前で急停車し、50代中ごろだと思われる男性が中から飛び出してくる。

ミントグリーンの髪をアップバングにし、エメラルドグリーンの瞳をした威厳ある風格の年配者だ。


「お、おおまえ、戻って……ということは……この、この子が……」


涙を浮かべている男性は、震えながらだが、着実にゆっくりとカフィーに近づいている。


カフィーは、先ほどクラナッハを見上げたように、ローブの帽子を引き寄せながら男性を見ようとした。

首まで見上げられたところで、突然視界は着古したローブ一面になる。

クラナッハの背中だ。


「緊急事態につき、ただいま戻りました」


「今邪魔するのは、おかしいと思わないのか? ハグをさせてくれ」


「屋敷の前では目立ちすぎますよ。早く中に入れてください。それに、ローヌ様を置いて来られたのでしょう? 戻られないと怒られますよ」


「そ、そうだな。ローヌが怒るやもしれんな。積もる話もある。さぁ、中へ」


振り向いたクラナッハに抱きかかえられ、小さいが今まで乗ったことがない煌びやかな馬車に乗り込んだ。

クッションが縫い付けられている椅子が、いつも乗っている馬車との違いを強く示している。


馬車で数分走らないと到着しない玄関も、両端が見えないほど大きい屋敷も、眩い邸宅内も、カフィーには初めての体験だった。

本当に自分がこんなにもお金持ちの家の子供なのか、と疑いたくなってくる。

それでも心の底から訝しがらないのは、クラナッハの人となりを知っているからだ。


エントランスで周りを見渡していると、ヒールの音を響かせながら1人の女性が現れた。

ホワイトリリーの長い髪を1つに束ね、左側前に流している。

ブルーラベンダーの瞳がよく似合っている、綺麗な50代前半だろう女性だ。


「あなた。私を置いていくとは、どういうことでしょうか?」


「す、すまなかった。気が流行りすぎたんじゃ。許しておくれ」


「何歳になっても困った方なんですから」


呆れたような物言いだが、纏っている雰囲気は柔らかい。


「ポルネオ様、ローヌ様。早急にお話ししたいことがございます。応接室でよろしいでしょうか?」


「まぁ、本当にチャイブなのね。相変わらずマイペースな執事だわ」


「私の取り柄でございますから」


笑顔で受け答えしているクラナッハに、カフィーは「本名はチャイブなんだ」と思っていた。

街を移動するたびに名前を変えていたため、本名を気にしたことがなかったのだ。


ちゃんと名前があるんだ。僕にもあるのかな?


「応接室ではなく、サンルームにお茶の準備をするように伝えているわ。あそこには盗聴防止の魔道具を設置しているのよ」


「クローム様の新作ですか?」


「開発に成功したのは3年前よ」


「さすがですね」


サンルームに向かうのだろう。

クラナッハ改め、チャイブに手を繋がれ、屋敷の奥に向かって進んでいく。


「ゲッ」


チャイブから出ただろう低音が聞こえてきた。


「ジョイ、用意はできているかしら」


「はい」


ココアブラウンの髪をバーバースタイルにしている燕尾服を着た老人が、小さく頭を下げている。

眼鏡の向こうから覗くモスグリーンの瞳は、生真面目さを醸し出しているような気がした。

いや、年配に見えるのに、真っ直ぐに伸びている背筋のせいかもしれない。


どこかで会ったことあるかな?

見たことあるような……ないような……


ジョイと呼ばれた老人が開けてくれたドアからサンルームに入った。

季節は秋なので、外は過ごしやすい気候だが、サンルームの暖かさに気持ちが緩むような心地だった。


カフィーは老夫婦の対面のソファーに座らされるが、チャイブは座ろうとしない。

チャイブを見上げようとしたら、頭に手を置かれた。


「俺は、公爵家の執事だって言ったろ。主人と同じ席には座らないんだよ」


カフィーの頭を軽く叩いたチャイブは、突然「っ!」と声にならない声を出した。


「馬鹿もん! お嬢様に対して何という口の利き方だ!」


ジョイと呼ばれた老人の叱責に、腕を自身の後ろに回すチャイブに、背中を強く殴られたんだと分かった。





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