37 .可愛すぎる私
目を丸くしているのは、クロームだけではない。
部屋にいる全員が固まっている。
そんな中で、平然としているアイビーの耳をラシャンが手で塞いだ。
アイビーがラシャンを見ると、ラシャンは引き攣った笑みを浮かべていた。
ラシャンとしては、小さいアイビーに聞かせる話ではないと思っての行動だ。
自分もまだ子供なのに、アイビーの心配をしたのだ。
だが、アイビーにとっては何てことない話だった。
チャイブと旅をしていた時、チャイブはたまに女の人に絡まれていた。
泊まっている部屋まで来る熱烈な女性もいたりした。
そういう時は、今みたいに何かにつけて好みじゃないと吐き捨てていたのだ。
ラシャンは、ずっとアイビーの耳を塞いでいるつもりのようで、手が離れる気配が一向に感じられない。
クロームはラシャンを見て頷き、ラシャンもしっかりと首を縦に動かしている。
2人のやり取りを言葉にするなら、「よくやった」「任せてください」になるだろう。
1つ咳払いをしたクロームが、チャイブに問いかける。
「それで、どうしたんだ?」
「相手になんてしていません。そしたら、他の侍従のところに行きましたよ。色んな使用人を手玉にとろうとしているみたいです。案外、シシリアン侯爵にヴェルディグリ公爵家の内部情報を渡すために送り込まれてきたのかもしれませんね。怖い怖い」
「お前……それ……」
「なんですか?」
笑顔のチャイブに、クロームはいきなり炎の玉を放った。
小さな炎だったのは、屋敷を損傷させるつもりはなくチャイブだけを狙ったからだ。
「っぶな!」
チャイブは、避けることなく水の玉で掻き消している。
「危ない」と声に出していたが、誰がどう見ても簡単に相殺していた。
実際にチャイブは、立っている場所から1歩も動いていないのだから。
部屋にいた使用人たちが、無詠唱のチャイブにどよめいている。
クロームができるのは周知の事実だが、まさか新しくやってきた執事が魔術の使い手だとは思わなかったのだろう。
アイビーだけは2人の動きに人知れず「うわー! すごい!」とテンションを上げていた。
「お前、減給だからな」
「どうしてですか?」
「色々分かってて放っておいたってことだろ」
「何を言ってるんですか。私なんてここに来て3日目、いや2日目みたいなものですよ。まぁ、でも、昨日侍女長が出そうとした手紙は、私の手元にありますけどね」
悪巧みをするような笑顔のチャイブに向けて、クロームがというより、祖父母のポルネオやローヌも含めて3人でため息の合唱をしている。
「シシリアン侯爵家宛てか?」
「はい。謎のお嬢様がやってきたという報告でした。ティールお嬢様とそっくりだから、高く売れるだろうとのことです。どこに売るつもりだったんでしょうね」
怒りでじっとしていられなくなったクロームとポルネオが立ち上がった。
2人とも般若のように顔が吊り上がっていて、握りしめている手は震えている。
「侍女長を捕らえろ! 投獄しろ!」
大声を上げたクロームに使用人たちが動き始めようとしたが、チャイブが落ち着いた声で言い放った。
「執事長には、朝起こったことは伝えられていませんが、それ以外は昨日の夜中に報告済みです。ですので、もう執事長が捕らえていると思いますよ。執事長は侍女長と関係を持っている侍従たちを知っていたそうで、一緒に取り押さえると言っていました」
「おまっお前たちはっ!」
クロームがチャイブに殴りかかるが、チャイブは「おっと」と避けている。
でも、クロームと同じように怒りを鎮められないポルネオが、クロームと結託してチャイブに襲いかかった。
結果、チャイブは大人しく殴られていた。
その横で、アイビーの耳から手を離したラシャンが、アイビーを抱きしめてきた。
「お兄様?」
「アイビーは絶対に僕が守るからね」
誓うように紡がれる言葉にクロームたちは止まり、ラシャンを微笑ましく見た後、ラシャンごとアイビーを抱きしめてくる。
子供たちが愛おしくて仕方がないというように、とても優しい笑みを浮かべていて、使用人一同は柔らかく目を細めた。
ラシャンに耳を塞がれていても、ぼんやりとだがアイビーには全部聞こえていた。
——チャイブってば、侍女長を捕まえる予定だったなら庭師の人は安全だったのに、私にわざわざ言ったってことは、私がどうするのか試したのね。
チャイブが一体何を確かめたかったかは、いまだにチャイブの考えを読めないアイビーには分からない。
たぶん聞いても答えてはくれないだろう。
ただ、改善点があれば教えてくれるはずだから、イマイチだったかどうかは判断できる。
——問題は、私が本当にすぐに売ろうと思わせてしまうほど可愛いってことよね。知っていたけど、ここまではっきりとした事件は初めてだわ。お兄様たちに心配かけないように、訓練を頑張らないと。私が可愛すぎるせいで、心労をかけたくないものね。
アイビーは、家族の温もりに頬を緩ませながらも、心を強く引き締めていた。




