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36 .アイビーのお願い

食堂には祖父母がいて、笑顔でアイビーを迎えてくれた。

アイビーが席に着いた時に、父であるクロームが食堂に入ってきて、じきに兄のラシャンもやってきた。


家族全員の和やかな朝食が始まり、「アイビーととる食事は美味しい」と毎食のように聞いている言葉をクロームが口にしている。


「あの、お父様……」


「ん? なんだい、アイビー」


「お願いがあります」


「うん! 何でも言っていいよ! 何か欲しい物でもあるのかい?」


アイビーが、何かを欲しいと伝えたことはない。

ただ1度「絵を描きたい」と言ったことがあるだけだ。

それ以外顔を輝かせたことはあっても、口に出したことはない。


「あの、庭師の方を、その、助けてあげてほしいんです……」


アイビーがおずおずとした口調になってしまったのは、最終だと思う手段を使ってしまうからだ。


食堂に着くまでの間、どうにか自分の力でと考えてみたが、どう考えても何を言っても侍女長はアイビーの言葉に耳を傾けてくれないだろう。


誰か大人の手を借りるとしても、侍女長より偉い侍女はいないし、執事長のシュヴァイに相談してもあの侍女長なら言い返す気がする。

面倒くさい思いをさせてしまう。


それならば、この家の権限を全て持っているクロームに伝えた方が、すぐに解決することができる。


そう思ったのだが、卑怯な手かもと頭を過ぎってしまったのだ。


当然、クロームたちはキョトンとしている。

おねだりではなく、庭師を助けてほしいと言うアイビーの真意が分からない。


「アイビー。助けてほしいとは、庭師が何かに困っているのかい?」


言ってしまったものは取り消せない。

アイビーはお腹に力を入れて、クロームを真っ直ぐ見つめた。


「そうではありません。今朝、綺麗な花を庭師の方に摘んでいただいたんです。でも、それが公爵家の庭の景観を損ねる行いだとは知らなくて……ごめんなさい。侍女長に注意されました。呑気で性格が悪い私のせいで公爵家が馬鹿にされると」


話の出だしを穏やかに聞いていた公爵家一同だが、不穏な流れに耳を疑っている。

クロームなんて笑顔が固まってしまっている。


「侍女長が庭師の方に罰を与えると言っていました。庭師の方は、私が喜ぶと思ってしてくださったんです。ですから、罰を与えないでください。お父様、お願いします」


チャイブに注意されなかったし、チャイブが後から各部屋の分もお願いすればいいと言っていたから、アイビーは自分が悪いことをしたとは思っていない。


故に、侍女長の言葉には「そう考える人もいるのね」と納得していた。


正しさは人それぞれだが、アイビーにとっては嫌なことしか言ってこない侍女長を庇う気持ちは少しもないので、ぶっちゃけるのなら全部話してしまおうと思っただけだ。


ただ子供ながらに、いや子供だからこそ、説明じゃなく情に訴えるような言い方になってしまったのだ。


「アイビーは何も悪くないよ!」


大声を上げたのは、隣に座っているラシャンだった。

瞳から涙を流していて、腕で無理矢理拭っている。


「好きなことをしていいんだよ。庭の花を全部切り取ってもいいんだ。ここはアイビーの家なんだから」


「……お兄様、ありがとうございます」


アイビーには、ラシャンがどうして泣いているのか分からない。

でも、胸が苦しいほどいっぱいになり、アイビーまで泣いてしまいそうだった。


何を言われても平気だと思っていたが、侍女長に言われた「公爵家を出て行った方がいい」という、公爵令嬢の自分を否定された言葉が深く刺さっていたのかもしれない。


それを、ラシャンが「ここがアイビーの家だ」と言ってくれたことで、つっかえていたものが取れたような心地になったのだ。


泣きながら首を横に振るラシャンに手を握られて、アイビーは笑みを溢しながら手を握り返した。


「話は分かったよ」


笑顔だが声は途轍もなく低いクロームに、壁際に控えていた使用人たちの背筋が伸びている。


祖父母も笑顔だが、殺気を醸し出している。


そりゃそうだ。

アイビーの言い方がどうであれ、言葉が何であれ、アイビーを悲しませたら家族はみな怒り心頭に発する。

この法則は変わりようがない。


「まずは、アイビー。庭師に罰なんて与えないよ。ラシャンが言ったように、欲しいお花は全部摘みとっていいんだからね」


「ありがとうございます。とても可愛いお花だったので、お父様たちのお部屋にも飾りたいと思っていたんです」


「嬉しいよ。どんなお花か楽しみにしているね」


大きく頷くアイビーに、クロームは柔らかい雰囲気を纏った。

だが、それは一瞬のことでクロームからは黒いモヤが立ち上がっている。


「それで、チャイブ。お前が側にいながら、どうしてこんなことになっている?」


「そう仰られましても、ただの執事である私は侍女長よりも低い立場ですから。言い返せば何をされるか分かりませんよ」


「お前が負けるわけないだろ」


「いやいや、あれ、かなりの女豹ですよ。昨日の夜、ベッドに潜り込もうとしてきたんですよ。あんな乳も尻も垂れた女なんて好みじゃないっていうのに、本当に恐ろしかったです」


「は?」






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