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「それで、セルリアン王家と公爵家で話し合って、お嬢様を隠すことにしたんだ。家出をしたと見せかけて、王太子が結婚した後に公爵家に戻る予定だった。重婚は認められていないし、さすがに結婚した後にお嬢様を欲しがらないだろうと思ってな。家臣も止めるだろうしな。だから、数年後には公爵家に戻る予定だったんよ。
で、俺がお嬢様の世話をするために、一緒に身を隠す旅に出たんだ。お嬢様は大層喜んでいたよ。社交界で愛想笑いしなくていいってね。でも、小さな我が子、ラシャン様に会えなくなることを悲しがっていたよ」
柔らかい声で「君のお兄さんだよ」と付け加えている。
「どうして戻らなかったの?」
「戻る前に死んでしまったからね。戻れなくなったんだ」
「……僕のせいだね」
「馬鹿なことは言わない約束だぞ」
後ろから見えていないはずなのに、的確に頬の場所を当てられ、軽くつねられた。
「カフィーを生む直前に、運悪く流行り病を患ってしまったせいだ。悪いのは病気だ」
「うん……ごめんなさい……」
頭を優しく撫でてくれる手が「分かればいい」と言ってくれている。
「今からお前には辛い話をするが、お嬢様は表向き自殺したことになっている。
アムブロジア王国の王太子は、家出したお嬢様をしつこく探してな。王太子のせいで家出するという手紙を残していたにも関わらず、本人も結婚をしたのにだ。
だから、『執着されすぎて怖い。これ以上、私の人生を台無しにされるのは耐えられない』という遺書を残し、自殺したことになっている」
「そうなんだ……」
「これはお嬢様の発案で、公爵家は賠償として『アムブロジア王家は金輪際ヴェルディグリ公爵家とは関わらない』という誓約をもぎとった。
その時に俺たちは公爵家に戻ってもよかったんだが、カフィーがいることがバレたら誓約を無視して奪おうとしてくると思ったんだよ」
「じゃあ、僕が戻るのはよくないんじゃないの?」
「そうだな。15歳になった時に全てを話したとしても、カフィーには冒険者になってもらう予定だった。商人でもいいな。とにかく1ヶ所に留まらなくてもいい仕事についてほしいと、クローム様と話していたんだ。冒険者なら護衛として、商人なら公爵家お抱えとして、定期的にクローム様と会えるだろうという算段だったんだよ」
「できるなら冒険者がいいな」
「いや、カフィー。話の流れから大体分かるだろう?」
「うん。僕は、もう冒険者にも商人にもなれないんでしょ」
「当たりだ。頭の回転の速さは、クローム様譲りだな」
「お父様は頭がいいってことだよね。お母様は? 似てるところあるの?」
「見た目と明るい性格がよく似てるぞ。本当にそっくりだよ」
また頭を撫でられたが、クラナッハの手が少し重たいように感じた。
10年2人で過ごしてきたから、辛い時や悲しい時の撫で方だと分かる。
「ヴェルディグリ公爵家に戻る理由は、もしかしたらカフィーの存在がバレているかもしれないからだ。もし今アムブロジア王家の使いの者に捕まったら、俺だけではお前を守りきれない」
「ねぇ、クラナッハ。アムブロジア王家に見つからない方がいいのなら、どうしてずっとアムブロジア王国にいたの?」
「木を隠すには森の中って言うだろ。王太子のことが嫌で死んだお嬢様の子供が、まさかアムブロジア王国にいるとは思わないだろうし、警戒する相手の情報が早く手に入るからだ」
「そうなんだ。名前はどうしてバレちゃったんだろうね。移動する度に名前変えてるのにね。それに、僕1回もクラナッハが師匠だって、誰かに言ったことないよ」
クラナッハが頷いただろう。
そんな気がした。
「本当に理解できないことばかりだよな。早々に公爵家に戻って、調べてもらわないとだな」
「何を?」
「バイオレット・メイフェイアだよ。その子が俺たちを探してるんだぞ。王家に献上するつもりとかだったら怖いからな。逃げるが勝ちだ」
「分かった。ヴェルディグリ領まで早く逃げないとだね」
「明日にはセルリアン王国に入れる。馬を売って馬車で移動しよう。20日かからずで公爵領に入れるはずだ」
「少し急ぐか」とクラナッハは馬の腹を蹴り、馬を駆けさせた。