129 .恋愛話
2月に入り、アイビーはカディスをデートに誘った。
アイビーの誕生日にカディスが婚約者役を徹底して演じてくれたので、アイビーもカディスに負けないように頑張ることにしたからだ。
だから、カディスの誕生日に渡す予定のラキテキルルの球根を、2人で買いに行くという計画を立てたのだ。
咲いてみるまで何色の花が咲くか分からない花、ラキテキルルは、2月14日に大切な人や好きな人に渡すという習慣が、セルリアン王国には根付いている。
去年は、花のことも、カディスの誕生日が2月14日だということも知らず渡せなかったので、今年こそは必ず渡すと意気込んでいた。
意気込んでいたのだが……長期休暇に入り、ほぼ毎日みんなで過ごしているし、誕生日以降はルージュを元気付けようとはしゃいでいたので……要は遊ぶのが楽しくて、ラキテキルルの存在をすっかり忘れていたのだ。
ラシャンがエーリカにどう送るかを悩んでいて、アイビーは花のことを思い出したのである。
「デートは賛成なんだけど、ラキテキルルを買いに行くの? 言えば用意してくれるでしょ」
馬車に乗り、「今日はどこか行きたいところでもあったの?」とカディスに問われ、「ラキテキルルの球根を買いに行こうと思っています」と答えたアイビーへの、カディスの返しだ。
「そうですが、街に出て、デートしている姿を見てもらう方がいいと思ったんです」
「言い訳っぽいけど、まぁいいよ。僕はもう準備してたけど、今日も買って世話をするよ」
「カディス様の、その嫌味っぽいところ直した方がいいですよ」
「アイビーは忘れっぽいところ直した方がいいよ」
「カディス様の歪んでるっぽい性格よりマシですよ」
キッとカディスを睨んでみるが、むずむずと笑いが込み上げてきて顔を崩しそうになる。
我慢できずに吹き出してしまったタイミングで、アイビーを睨んできていたカディスも笑い声を上げた。
笑った理由はアイビーと一緒だろう。
「っぽい」「っぽい」言い合って可笑しくなったのだ。
同乗しているカフィーとフィルンは、顔色1つ変えていない。
チャイブは御者台にいるので様子は分からないが、運転しながらのんびりと鼻歌でも歌ってそうだ。
外は心を軽くしてくれそうな温かな日差しが降り注いでいて、窓からの温もりにほっこりするほど天気がいい。
「ラキテキルルは蕾まで10日ほどかかるから、ギリギリだね」
「もし無理だったら、花が咲いた後に栞にして渡しますね」
「ラシャンがそうやって贈るって言ってたね」
「はい。エーリカ様、喜ばれるでしょうね」
「だろうね。本当、もうどこの婚約も波風立っていないんだから、このまま何も起こらなければいいのにって思うよ」
「ルージュ様の婚約が気になるところですが、私もそう思います」
「後継者の発表と共に婿探しも通達するって言うんだから、ルージュはこれから大変だろうね」
「もっと気を紛らわせる遊びを考えなくちゃですね」
「難しいよ。イエーナは運動音痴だから」
「大丈夫ですよ。イエーナ様はついてきてくださいます」
ヘロヘロになっているイエーナの姿を思い浮かべて小さく笑ってしまうと、カディスの笑い声と被った。
キョトンと視線をぶつけ合った後、声を重ねて笑い合う。
「あ!」
「どうしたの?」
「カディス様に聞きたいことがあったんです」
カディスに訝しむように見られ、そこまで警戒されていることに笑ってしまう。
「変な質問じゃないですよ」
「……なに?」
「カディス様の好きなタイプを知りたいんです」
瞳を瞬かせるカディスは、まだ理解できる。
でも、カディスの横で両手で口元を隠し、瞳を輝かせているフィルンは理解できない。
——何をそんなにワクワクしているんだろう?
アイビーは、チラッと隣にいるカフィーを見てみるが、カフィーはいつも通り無表情だ。
「どうして、僕の好みを知りたいの?」
「だって、私もですが、カディス様も恋愛話ができるのって、偽装婚約を知っている人たちの中でだけですよね。私、してみたいんです。恋愛話」
カディスの顔から表情が抜け落ち、フィルンは肩を震わせながら顔を背け、カフィーは「ここまでなのか」と呟いている。
アイビーは三者三様の反応全てが不思議で、人差し指を頬に当て首を傾げた。
「あー、うん、あー、そうだよね、うん、そうだよね。あー、もう! フィルン、笑われるとムカつくから!」
「すみ、ははは、すみません」
「だから、笑わないでってば!」
カディスは、フィルンを軽く叩いている。
でも、叩かれたフィルンは一切痛がらず、再度「すみません」と謝っていた。
「カディス様、もしかして聞いてはいけない質問でしたか?」
「いや、そうじゃないよ。はぁ、僕の好みだったよね」
「はい。でも、言いにくいんでしたら、教えてくださらなくていいですよ。趣味まで歪んていると、勝手に想像しておきますので」
「僕は歪んでないよ!」
——違うのかなぁ? 「可愛い人」とか「優しい人」とか、そんな感じで楽しく話したかっただけだったんだけど、怒るってことは「可愛いけど、普段冷たい人」とか「優しいけど、口調は強い人」とか、ちょっと癖があるから言いにくいってことじゃないのかな?
少しだけ強張っているようにも感じる、真剣な表情をカディスに向けられ、アイビーは愛らしく微笑んでみる。
「僕は、何にでも一生懸命取り組めて、自分のことより人のことを優先してしまう、元気な笑顔の子が好きだよ」
「見た目に好みはないんですか?」
盛大に「はぁぁぁ」とため息を吐かれると、やっぱり聞かない方がよかったんだと思ってしまう。
姿勢を戻したカディスに真っ直ぐ見つめられ、今度は愛々しく微笑んだ。
見られたら微笑むは条件反射である。
「可愛いと思うよ。でも僕は、大きな口を開けて、馬鹿みたいに笑っている顔の方が好きなの。そういう笑顔を、その、守りたいなと思っているから」
「えっと……カディス様……」
「なに?」
——言っていいかな? いいよね?
「貴族のご令嬢が、口を大きく開けて笑うって難しくないですか?」
カディスが背もたれに体を預け、目を閉じながら顔を天井に向けた。
フィルンが、そんなカディスの肩をゆっくりと優しく叩いている。
「もういいや。僕の好みは言ったよ。アイビーの好みは? どんな男性がタイプなの?」
「んー、特にありません」
「へ?」
ガバッと体を戻したカディスに、ぽかんとした顔で見られる。
「恋愛の好きの気持ちが、よく分からないんです。好きな人は多いんですけど、それは全部違うはずですので。カディス様は、どうやって友達の好きと恋愛の好きの違いが分かったんですか?」
「んー、僕の場合は『笑っていてほしい』って強く思ったからだよ。アイビーも、他の人と違う何かを感じる人がいたら、それがアイビーの好きなんじゃないかな」
「他の人と違う何かを感じるんですね」
——何を感じるんだろ? カディス様の場合、それが「笑っていてほしい」だったってことだよね。私は、大切な人全員に笑っていてほしいって思うんだけどなぁ。だから、判断するのは、それじゃないってことだよね。




