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122 .カフィー(クレーブス)の記憶

「殿下、起きてください。殿下」


眉間に皺を寄せ、低い声で唸りながら、カディスの瞼が僅かに開いた。


「殿下。早く起きてください。私、無断でここに来ているんですから」


「は? チャイブ?」


「そうです。起きましたか?」


瞳を落としそうなほど目を大きく開けたカディスは、飛び跳ねるように体を起こした。

小さな声で「え? は? なんで? え?」と呟いている。


「動転しすぎでは?」


「はぁ? するでしょ! 今、何時だと思ってんの! しかも、王宮に、王子の部屋に忍び込むとか、頭おかしんじゃない!」


「叫ぶと大事になっちゃいますよ」


「どうせ魔術を使って、音遮っているんでしょ。どんなに叫んでも誰も来ないよ」


「正解です」


わざとらしく拍手しながら笑顔を浮かべると、胡散臭そうな瞳をカディスに向けられた。

感情豊かなカディスで遊ぶのは楽しいが、アイビーから離れている時間は短くしたいので、早速本題に移る。


「カフィーの記憶が戻りましたので、伝えに来ました」


「意味が分からないんだけど。記憶喪失だったの?」


「あ! 伝えていませんでしたか?」


「その演技しているって分かる言い方、腹立つから止めてくれない」


「失礼しました」


怒りを露わにするカディスに、カフィーの記憶をアイビーの精霊魔法で治したことを説明する。

カディスは、「ふーん」と興味なさげに聞いていた。


「で、その記憶を、どうしてこの時間に、秘密裏に、チャイブが言いに来たの? 明日、普通に教えてくれたらよかったじゃない」


「公爵家は『誰にも話さない』と決められましたので」


ピタッと止まったカディスが睨んでくる。

どうやら不機嫌が最高潮に達したようだ。

アイビーは怒りだす前に受け入れる、または諦めてしまうことが多いので、全身全霊で向かってこられると本当に面白い。


「アイビーに関わることじゃないの?」


「どちらかと言うと、バイオレットに関わることですね」


「そう、教えてくれるんだよね?」


「そのために来ましたから」


カディスは小さく頷き、ベッドに腰掛けるような形で座り直した。

真っ直ぐ見つめられたので、カフィーから聞いたことを伝えはじめる。

もちろん驚いてもらえるように。


「カフィーに、アムブロジアの王族の血が流れています」


「は? いや、ちょっと待って! 王族? なんで? 毒林檎でしょ! どうしたら頂上から底辺に落ちるの!?」


「殿下、ご自分を頂点と思っているんですか? 最悪ですね」


「うるさいな。僕の一声で結構何でもできるんだから、怖いくらい頂点でいいでしょ」


きちんと自分の立場を理解していて、どのように影響があるかも分かっている。

馬鹿で我が儘で自分に酔う王子じゃなくて、本当によかったと思う。


「話を戻しますね」


「はぁ、チャイブが折ったんじゃないか」


「まぁまぁ。カフィーですが、前王パンシャブ陛下の弟君の子供だそうです」


「亡くなっていなかったんだね」


「はい。そして、その王弟殿下は隣国で『欠けた林檎』という傭兵団を結成し、カフィーが在籍していた『毒林檎』は『欠けた林檎』を辞めさせられた者達で結成した傭兵団崩れの集団だそうです」


「あー、ちょっと待って」


頭を抱えるカディスが復活するまで、静かにカディスを眺める。


「王弟殿下は、アムブロジア王家と縁を切っているということ? それとも、傭兵団という形で支えているの?」


「そこまでは分かりません。王弟殿下についてはこれから調べる予定というより、ヴェルディグリ公爵家に招待しますので、その時に色々分かるんじゃないでしょうか」


「招待? そんなことをするのに、僕や父上に内緒なの?」


「まぁ、公式に接触するわけではありませんので。あくまで、欠けた林檎を追い出された人物に、誘拐されてしまった娘を保護しているので、会いに来てねっていう体ですから」


「だからって……え? 今なんて言ったの? 娘?」


「そうですよ。カフィーは女の子です。触ったから間違いありませんし、本人も認めています」


「認めてって、そうだよ。チャイブ、触っていたよね。人として最低だよ」


「男と思って触ったんで不可抗力です。心外ですね」


「ああいうのは、男が相手でもダメだと思うけど」


「ん? 殿下はラシャン様とふざけたりしないんですか?」


「しないよ! あんな下品なことするわけないでしょ!」


威嚇するように怒っているカディスが可愛らしくて、小さく笑ってしまう。

更に睨まれたので、これ以上怒らせてはいけないと、咳払いをして笑いを消した。


「すみません。もう脱線はしませんので許してください」


「そうだね。僕ももう突っ込まないよ」


「これは王弟殿下と会ってからになるのですが、向こうが良識な人物だった場合は、手を結ぼうと思っています」


「毒林檎という同じ敵がいるからってことだね」


「はい。カフィーはお嬢様に仕えていたいそうですので、アムブロジア王家と切れているのなら、ヴェルディグリ公爵家お抱えの傭兵団になってもらうかもしれません」


「軍事力が高すぎると、謀反を疑われかねないんじゃない?」


もしもの時に、ヴェルディグリ公爵領を公国として独立させたい計画があるので、傭兵団は絶対に取り込みたいんですよ。と思いながらも、適当に返事を返す。


「殿下とお嬢様が婚約者のままなら、どうとでもなりますよ」


「なるかなぁ?」


「欠けた林檎の拠点を、何処にするかにもよるでしょうしね」


「まぁ、隣国のままだと、そこまで問題ではないのかな」


「はい。ここでの問題は、バイオレットが気にしている傭兵団という部分です」


「バイオレットは、王弟殿下だって気づいているってこと?」


「可能性はあるとしか言えませんね。バイオレットとの関係も接触した時に尋ねる予定です」


「そっか、分かったよ。陛下に報告が上がらないということは、僕はその席に着けないってことだからね。また何か分かったら教えてくれる?」


「もちろんです」


頭を下げて、窓から立ち去ろうとカディスに背を向けた。


「チャイブ、どうして僕に教えてくれるの?」


振り返り、真剣な面持ちをしているカディスに、にっこりと微笑む。


「殿下は、お嬢様を守ってくださると約束してくれたからですよ。それ以外に理由なんてありません」


何か言いたげな顔をしたカディスだったが、口から出てきたのは言葉ではなくため息だった。


「殿下」


「なに?」


「カフィーが女の子でよかったですね。やきもち妬かなくてよくなりましたから」


「チャイブ!」


真っ赤になると予想した通り、カディスが赤くなったので笑いが耐えられず、お腹を抱えて笑いながら窓から外に飛び出した。

クツクツ笑いながら、衛兵に見つからないよう暗い場所を進む。


王妃がエーリカを推したい気持ちは、正直理解できる。

ダフニというのも及第点だろう。

全ての鍵を握っているのはエーリカで、ヴェルディグリ公爵家は将来クロームの手によって没落するのだから。


ティールはヴェルディグリ公爵家を守りたくて王妃に話したんだろうが、王妃はその意を汲むことをしないだろう。

誰だって、自分の子供が1番可愛いはずだからだ。

要らぬ争いに、カディスを巻き込まれたくないはずだ。


だが、チャイブは大いにカディスを巻き込むつもりでいる。

アイビーを救えるのは、カディスしかいない。


ただ、さっきの会話で、疑問に思ってもらえなかった部分が気になる。

カディスが知っているのか、はたまたその知識を持っていないのか……


まぁ、どっちだろうと、今のままのカディスなら問題はないだろう。

それに、ティールが視た未来とは違う未来を今歩いているから、それこそ要らぬ心配かもしれない。


お転婆だったティールを思い出し、鼻で小さく笑って、アイビーが眠るヴェルディグリ公爵家に急いだ。






来週の火曜と金曜は、アイビーの誕生日の日のお話になります。(2話更新に戻ります)

来週もびっくり事実が判明しますので、楽しみにしてくださっていたら幸いです。


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