120 .カディスの憤り
ラシャンから「父様が夕食に殿下を招待しています。レガッタ殿下には内緒でお願いします」と朝一で言われ、怪訝そうに見てしまった。
魔術師師団長であるヴェルディグリ公爵は、カディスに優しくない。
というか、ラシャンと同じで家族以外に冷たい。
だから夕食に誘われると、どうしても疑ってかかってしまうのだ。
アイビーに対して何かしてしまっただろうか? と考えながら、レガッタに見つからないようにヴェルディグリ公爵家を訪れた。
アイビーは知らなかったようで驚いていたが、チャイブもカフィーも表情を変えなかったので、知らなかったのはアイビーだけということになる。
当たり障りのない会話しかしなかった夕食が終わり、カディスは娯楽室に案内された。
食後に男性と女性に分かれる場合、男性は娯楽室、女性は特別室に移動することが多い。
今宵の女性はアイビーとヴェルディグリ前公爵夫人のみなのだから、わざわざ娯楽室に移動しなくてもと思ったが、よっぽどアイビーたちには聞かれたくない話なんだろうと考え直した。
それに、応接室や執務室などに移動して、重要な話をしていると憶測されないようにかもしれない。
誰に報告されるか分かったもんじゃない。
どうしても綻びは出てきてしまうものだ。
「遠回しも前置きもいらないよ。僕はどうして招待されたの?」
部屋の中は、カディス・クローム・ラシャン、フィルン・チャイブ・エルブのみになる。
ヴェルディグリ前公爵であるポルネオと、執事長のシュヴァイが居ないことが怪しく感じる。
クロームが「分かりました」と頷き、言葉を続ける。
「毒林檎についてです」
あの事件を思い出しただけで怒りが湧いてくるのは、ここにいる全員同じだろう。
カディスにとっても許し難い組織の名前が出され、クロームを真っ直ぐ見据えた。
「カフィーに情報をもらい捜索にあたりましたが、腹立たしいことに逃げられました」
期待していたのは、「全員捕まえることができました」という言葉。
カディスは、構えていた心を解すように息を吐き出した。
「よっぽど優秀なゴミの集まりなんだね」
「カフィーが知っていた拠点は3ヶ所。そこに居た者たちは全員捕らえましたが、今のところ雇い主を知っている者はいません」
「カフィーでさえもってことだよね。あんなに腕が立つのにね」
「はい。カフィーから得た情報ですが、毒林檎のトップをキング、キングから命令を受けて指示する者をクイーンと呼ぶそうです。そして、手足となって動く者たちをナンバーズ、ナンバーズの中で実力がある者はジャックの地位が与えられ、報酬が多くなるそうです。カフィーはこのジャックと呼ばれる立ち位置だったらしく、クイーンと話したことはあってもキングに会ったことはないそうです」
「そのキングが雇い主だね」
「私もそう思っています。聴取できそうな者は後数人残っていて、義父とシュヴァイが聞き出そうとしてくれていますが、たぶん有益な情報はないでしょう」
悔しさを滲ませる声色のクロームに、慰めの言葉をかけることができない。
アイビーを誘拐して怖い思いをさせたことも許せないし、ラシャンの誕生日に事件を起こそうとしていたことも看過できない。
本当ならカディス自ら動きたいのを我慢して、ヴェルディグリ公爵家に任せているのだ。
ただ狙われているのがヴェルディグリ公爵家なので、捜査権を寄越せとは言えないと分かっているし、自分の騎士団や隠密部隊を持っていないカディスにできることがないことも理解している。
王子なのに何もできない自分に憤っている。
だから、動けるんだから捕まえられるだろ、という鬱憤が溜まってしまう。
それと同時に、この国一番の魔術師が当主の公爵家が、捕らえられない組織がどれほど手強いのか考えられるので、どんな慰めの言葉もクロームの歯を軋ませてしまうと思い至ったのだ。
「分かったよ。僕は利用されないように気をつけつつ、ラシャンとアイビーの周りにも目を走らせておくよ」
「いえ、ラシャンとアイビーに関してはこちらで守りますので、殿下はご自身の身を案じてください。利用されてアイビーの名に傷をつけないようにしてください」
「あー、なるほど。そっちが本題だね」
「はい。本当にエーリカ令嬢と、嘘でもどうこうならないでください」
「ならないよ。僕の危機管理能力は高いからね。アイビー以外と絶対に2人っきりにはならないから安心して」
「アイビーともダメですよ」
黒く微笑んでくるクロームに対して肩をすくめると、呪い殺されそうなドス黒い顔で笑みを深められた。
ラシャンが、「僕が阻止してみせます」とクロームに力強く宣言している。
アイビーとの婚約を本物にするためにヴェルディグリ公爵家を説得しなければいけないが、これに関してはまだ数年猶予がある。
先にアイビーと仲を深めてからで支障はない。
問題は、さっきクロームが懸念した、エーリカを巻き込む虚言や策略の方だ。
ラシャンの誕生日パーティーでの眠り薬の事件、カフィーから「王妃は関わっていない」と教えてもらっている。
聞いた時は、心の底から安堵した。
カディスと結ばれたと思わせるために、乱暴されたエーリカの横にカディスを眠らせておくなんて、吐き気がするほど気持ち悪い作戦だ。
それを自分の母が依頼したなんて、人格を疑ってしまうレベルである。
だから、「依頼者はラシャンに惚れている令嬢からと聞いている」と言われた時に、胸を撫で下ろした。
母をこれ以上嫌わないでいられると思って、心を弛められた。
でも、あれはカフィーの優しさからの嘘じゃないか、と思っている部分もある。
父が忠告してくるほどなのだから、母が1枚噛んでいてもおかしくない。
なんたって、本当に気が狂ったようにエーリカを勧めてくるのだから。
今だに会う度に説得してこようとする母を思い出して、深い息を吐き出してしまった。
そして、ふいに視線が合ったチャイブに憐れむように微笑まれて、心を見透かされたような気がして苦笑いしか出てこなかった。
来週の火(カフィーの記憶が戻る)・金(チャイブ視点)も1話のみの投稿になります。
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