119 .バイオレットの怒り
「友人なんだね! 安心したよ!」
あのバカは、また何を言い出したの?
「ラシャンとかいう冷たそうな奴のこと、好きじゃないんだね。そっかそっか。安心して。僕が成人したら、絶対にエーリカを迎え入れてあげるからね」
こっわ!
私的にもラシャンの嫁ポジが空くのは嬉しいけど、ここまでイカれている奴にエーリカは勿体無いと思ってしまう。
ゲームではハッピーエンドで終わったけどさ。
これ、本当にエーリカ幸せになれるの?
今だって顔面蒼白で、震えて声出てないじゃん。
でもなぁ、私だってラシャンと結婚したい。
狂ってる王子を応援するか、我関せずを貫くか……難しい……
「わ、わたしは、ラシャン様と、結婚します……で、殿下も誰かとけ――
「あははははは。おかしなことを言うね。僕より劣っている君以外、誰が僕を愛してくれるって言うの? 聖女になれるってチヤホヤされるのも今だけだよ。だって、君はきっと聖女じゃないからね」
そんな訳ないでしょ。
私が偽物の聖女で、エーリカはヒロインで本物の聖女なんだから。
「聖女じゃなくてもっ、ラシャン様は結婚してくださいますっ! そう約束してくださってますし、っ、カディス殿下も『聖女になりたいのならなればいい。他になりたいものがあれば聖女じゃなくていい』と仰ってくださいました!」
つっかえながらも訴えるエーリカに感心した。
相手はナイフを持ったまま、感情を押し付けてくる傲慢野郎だ。
怖いだろうに、負けないように必死で言い返している。
だけど、その驚嘆よりもエーリカの言葉に心が惹かれた。
マジかー!
カディスもラシャンも、エーリカとどんな状況でそんなこと言ったの!?
そっちでエーリカの取り合いが行われてたりするの?
花畑とか星空の下とかさ。
絶対スチルがありそうな場面で、エーリカを支えるやり取りだよね。
あー、見たかった! 絵になるシーンを目に焼き付けたかった!
「僕に、あんなにも優しさを売っておいて、逃げようとするの?」
前触れもなく泣き出したソレイユに、エーリカは息を引き攣らせている。
どうにかして立ち去りたいのだろうが、少しでも動こうものならソレイユに押さえ込まれそうな雰囲気なのだ。
「君は本当にクズだよね。可哀想な僕に優しくすることで、聖女のように見せているんだ。その時だけ周りは君を褒めるだろうから。僕を利用しているのなら、僕を捨てないでよ。僕がいないと君は、偽物の聖女にすらなれないんだから」
「私は、聖女になりたいとは思って――
「ふざけるな!!! 聖女になりたくないのなら、僕を好きだから優しくしているんだろう! じゃあ、僕の物だろ!」
我慢できなかったであろう涙が、エーリカの瞳から溢れ落ちた。
その瞬間ソレイユが頬を染めていて、バイオレットは怒りが湧き上がった。
手に持っていた扇子を広げ、わざと足音を響かせるように歩き出す。
「まぁ、何事ですか?」
勢いよく見てきたソレイユは目を見開いていて、エーリカは縋るような瞳を向けてくる。
「お二方とも、こんな所で一体どうされたんです? 何かありましたか?」
「い、いや、なんでもないよ……バイオレットは、その、どうしてここに?」
しどろもどろするソレイユ殿下に目もくれず、エーリカで視線を止める。
「怒鳴り声のようなものが聞こえた気がして来てみたのです。あら、エーリカ様、顔色が悪いですね。休憩室に付き添いましょうか?」
「は、はい、おねがいします」
エーリカは、焦りながら逃げるように側までやってくる。
ソレイユは悔しそうに唇を噛んでいるが、何かを言ってくる気配はない。
当然だ。
ソレイユにしたら、貴族たちから一目置かれているバイオレットが怖いのだ。
自分には優しくないバイオレットは、蔑んでくる人たちと変わりないのだ。
なぜなら昔からバイオレットは、ソレイユと仲良くなろうとしなかった。
同年代だからと父親にお願いをされてお茶会に参加しているが、話しかけられなければ言葉を交わさない。
話しても、短く切って会話を終わらせていた。
ソレイユが失態をしても、見て見ぬフリをして助けようとしなかったのだから。
「では、殿下。ごきげんよう」
いつも通り会話をするつもりがないことを示すように、軽く頭を下げて、すぐさま背中を向けた。
後ろから刺すような視線を感じるが、一切気にしない。
文句があるなら言ってくればいい。
ソレイユと言い合いになっても負けないように、小さい頃から大人を味方につけてきているのだから、王子だろうが何だろうが現時点では怖くない。
ただ物語の強制力や魔物の襲撃が怖くて、隣国に逃げたいのだ。
それに、この国は狂っている。
こんな国で幸せになれると思えない。
浅く呼吸を繰り返しながらついてくるエーリカを、横目で確認する。
「エーリカ様、休憩室ではなく馬車までお送りしましょうか?」
「帰ります。途中までで大丈夫です。先ほどはありがとうございました」
「私は何もしていませんよ。何かあったら大変だと思って見に行った先に、お二人がいらっしゃっただけですから」
「それでも感謝しています。本当にありがとうございました」
ふらふらになりながら帰っていくエーリカの背中を見ながら、「終わってるわー。嫌すぎる。早く逃げたいから留学でもしようかな」と考えはじめたのだった。
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