116 .ラフレの花
「エーリカ様、ありがとうございます。私も今回エーリカ様と過ごせて、エーリカ様が大好きになりました。お姉様になってくださるのがエーリカ様で嬉しいです」
「え? あの、ありがとうございます!」
真っ赤になるエーリカに、アイビーは愛々しく微笑む。
「でも、私の怪我はついでで問題ありません。騎士を目指しているお兄様のために、治癒魔法を使えるようになってくださったら嬉しいです」
ハッと体を揺らしたエーリカは、頷きながら力強い瞳で見つめてきた。
「もちろんです。こんなにも優しくしてくださった方々を、私の力で助けることができるのなら、それほど嬉しいことはありません。私の持てる力全てで、大好きな人たちを守りたいと思っています」
「ありがとうございます! お兄様が大怪我をしてしまったらどうしようと不安だったんです。エーリカ様にそう言っていただけて安心しました」
「ラシャン様、アイビー様、お父様たち、カディス殿下たちのために、私、必ず治癒魔法を使えるようになります。頑張ります」
意気込んでいるエーリカを初めて見て、アイビーは小さく笑った。
優しくて引っ込み思案な印象が強かったから、前向きで無茶をしそうなエーリカを知れて嬉しくなったのだ。
もっと仲良くなれたような気がして、笑顔が溢れてくる。
「エーリカ様、魔力を具現化するというお話で私思ったんですけど、治癒ってこれっていうものがありませんよね。薬ってたくさん種類がありますし、治療方法もいっぱいあると思うんです。それを知らないとっていうのは難しいと思うんですよ」
「はい……治癒魔法で1番悩んでいる部分です……」
「ですので、とにかく何でも治る、何だろうと元気になる象徴を決めてみるのはどうでしょうか?」
コテンと首を倒すエーリカに、アイビーは自信満々な笑顔を見せる。
「それ――
「お嬢様。いつまでも外のままですと、風邪を引いてしまいます。中でお話しませんか?」
チャイブに言葉を遮られ、興味津々にアイビーを見ているみんなの顔を確かめると、全員もれなく頬も鼻の頭も赤くなっている。
話し込んでしまっていたことに気づき、温かいお茶を淹れてもらってから提案しようと邸の中に戻り、アイビーのアトリエにエーリカたちを案内した。
「絵がお好きだと言われていましたけど、ここまでだとは思いませんでした」
顔を伸ばしながら部屋を見渡しているエーリカをソファに促し、フォンダント公爵もエーリカの隣に座ってもらう。
エーリカだけでもよかったのだが、魔法を知らないアイビーの発想を知りたそうにしているフォンダント公爵を蔑ろにはできず、共に来てもらったのだ。
クロームとラシャンはソファではなく、1人用の椅子にそれぞれ腰をかけている。
アイビーは、壁に立てかけている絵の中から1枚のキャンバスを取って、エーリカに差し出した。
「綺麗なお花ですね。見たことありませんが、なんという名前のお花なんですか?」
「ラフレという珍しい花です。薬になる花なんですよ」
「このお花がですか」
フォンダント公爵も興味深気にラフレの花の絵を眺めている。
「はい。とても優秀な花なんです。といっても私も見たことはなく、文章だけを頼りに想像で描いた花なんです」
「素晴らしい才能ですね。本当にすごい……」
一驚しているエーリカに、アイビーはにっこりと微笑む。
「エーリカ様、この花を奇跡の花として具現化されるのはいかがでしょう。私の想像の花ですから、治癒能力も思い描き放題ですよ。怪我や病気の種類なんて関係ありません。とにかく元気になるんです。睡眠不足だとしても、辛い風邪や血が流れるような怪我だとしても、ただただ元気になるんです」
「それは、えっと、治る過程を想像するんじゃなくて、元気な姿を思い浮かべるんですか?」
「あ、そうですね。それでもいいと思います。私はただ『治癒魔法なんだから何でも治るでしょ』くらいの気持ちでいいんじゃないかなと思ったんです。魔法って解き明かせるものじゃないような気がするので、難しく考えなくていいのかなって」
投げやりでも適当でもなく、心からそう思ってアイビーはエーリカに提案をしている。
なぜならアイビーの精霊魔法である蝶々は、アイビーが治してほしいと願うだけで治してくれるからだ。
どんな病気なのかも知らない。
黒く見えるから病んでいると知り、蝶々に依頼をして治してもらっている。
だから、蝶々のように魔法は何でも有りでいいんじゃないかと閃き、難しい治療方法を覚える必要はないような気がしたのだ。
ただ具現化云々の説明があったから、エーリカ的に目に見える何かがあった方がいいのかもと考えて、ラフレの花を見せてみたのだ。
「何でも治る……奇跡の花……」
アイビーが描いたラフレの花を見つめながら呟いていたエーリカが、勢いよく顔を上げ、真っ直ぐ視線を合わせてきた。
「アイビー様、この絵をいただけませんか?」
「絵をもらってもらえるのは嬉しいので、ぜひプレゼントさせてください。あ、でも、私がそうしたらどうかなぁと思っただけですので、エーリカ様のしたいようにしてくださいね。私の想像した花じゃなくて、水とか粉とか光とか。治し方もですが、エーリカ様が具現化しやすい物が1番ですから」
「ありがとうございます。でも私、ラフレの花がとても気に入りました。ですので、この奇跡の花の力を借りて治せるようになりたいと思います」
ラフレの花の絵を抱きしめて顔を明るくしているエーリカは、輝いて見えた。
そう感じたのはアイビーだけではなかったようで、フォンダント公爵は眩しいものを見るように瞳を細めていて、クロームとラシャンは顔を合わせて微笑み合っていた。
こうして長かったようで短かったフォンダント公爵家の訪問は、アイビーたちとエーリカの仲を深くして幕を下ろしたのだった。
ちなみに、最終日の朝食もカディス・レガッタ・イエーナ・ルージュが参加し、王家や各公爵家からのお土産をフォンダント公爵に手紙付きで渡していた。
エーリカと手を振り合って別れる時までずっと、賑やかな楽しい時間を過ごしたのだった。
エーリカとの出会い、終わりました。
金曜日は1話のみの更新となります。
リアクション・ブックマーク登録・読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




