表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/198

107 .また誰かが依頼したってこと?

ラシャンの誕生日パーティーは、正午から暗くなるまで開催される。

そのため、朝は比較的ゆっくりできた。


エーリカは準備に追われているらしく、朝食後すぐに部屋に戻っている。

さすがに、カディスたちも今日はパーティーに顔を出すだけのようだ。

ラシャンはクロームと段取りの打ち合わせをしているので、本当にアイビーを訪ねてくる人がいない。


今のうちに絵を描き進めていようと思い、アイビーはチャイブと一緒にアトリエに向かった。


「1時間だけだぞ」


「うん」


アトリエはいつもは施錠していないが、今はフォンダント公爵家が滞在中なので念のため鍵をかけている。

チャイブが開けてくれるのを後ろで待ち、数日振りにアトリエの中に入った。

アイビーは一直線で描きかけのキャンバスに向かい、チャイブはドア近くのソファに腰をかける。


「ん? 手紙?」


「なんだって?」


「チャイブ、手紙が置かれてる」


アイビーは、振り返りながらキャンバスに重ねるように置かれている真っ白な封筒を指した。

眉間に皺を刻んだチャイブが、足早に横にくる。

そして、封筒を手に取った。


「絵の具はついていない……」


「ってことは、昨日か今日辺りに置かれたってこと?」


「そうだ」


褒めるように頭を撫でられ、上機嫌で顎を上げた。

目元を柔らかくしたチャイブだったが、すぐに鋭く瞳を尖らせている。


「開けてみるか」


封蝋されていなかったので、開けるための道具は必要ない。

被さっているだけの部分を開き、中から1枚のメッセージカードのような長方形の紙を取り出した。

チャイブは目を通した後、さらに瞳を吊り上げている。

アイビーは背伸びして、なんとか横から覗き込んだ。


「クレーブス!」


「ああ、アイビーが話してくれた誘拐犯だ。一体どこから入ったんだよ」


小さく息を吐き出したチャイブがメッセージカードを渡してくれ、自分の高さで落ち着いて読むことができた。


「チャイブ、大変! 今日の飲み物に眠り薬が使われるって! でも、どうして眠り薬なんだろ?」


「即効性なら騒ぎを起こしたいだけ。遅効性のものなら眠ったところを連れ去りたいとかだろうな」


「じゃあ、お兄様と私が気をつけていれば大じょ……あれ? シャトルーズ子爵家は捕まったんじゃなかった?」


「捕まったぞ。一生会うことはないな」


「また誰かが依頼したってこと?」


「そういうことだ。どうしたいのかまで書いていてほしかったな」


メッセージカードから目を離せないでいると、手から引き抜くようにチャイブに奪われた。


「どうした?」


「どうして教えてくれたのかなって思ったの。教えてくれるなら会いに来てくれたらよかったのにって」


「それもそうだな。会えない理由があるのか……」


「会いたいな」


「そのうち会えるさ。アイビーの従者にするんだろ」


「うん、次会った時も勧誘するの」


「俺は賛成だよ。ヴェルディグリ公爵家の警備は厳重だ。それなのに、引っかからずにこの部屋に侵入してるんだからな。味方になってくれると頼もしい」


「だよね。クレーブス、すごいよね」


「俺の方がすごいけどな」


「分からないよー」


「こいつはまた生意気なことを」


髪の毛をぐちゃぐちゃにするように強めに撫でられて、「きゃー」と言いながらチャイブと笑い合う。

見えない敵に不安なんてない。

だって、きっとチャイブが守ってくれる。


「アイビー、悪いけど執事長に伝えに行くから部屋に戻るぞ」


「私、ここで待ってるよ」


「ダメだ。すぐにルアンを呼ぶから部屋でルアンといるんだ」


「……はーい」


「折角の自由時間だったのに悪いな」


いつどこで事件が起こるか分からない。

だから、これ以上チャイブの手を煩わせてはいけないと、ゆるゆると首を横に振った。


「フォンダント公爵家が帰ったら、久しぶりに俺が稽古をつけてやるよ」


「いいの!? お父様に怒られない?」


「いや、まぁ、アイビーが味方してくれたら大丈夫だ」


「分かった。嘘泣きしてでもチャイブの味方をするね」


「そうだな。奥の手を使ってもらおう」


片方の口角の端を上げてニヤけるチャイブに、アイビーも悪巧みをするように笑う。


「戻るか」と言うチャイブと並んで歩き出そうとした時、ドアをノックされた。

みんな忙しくしているのに誰が来たんだろうと、チャイブと顔を見合わせる。


頷いてからドアを開けに行くチャイブを、アイビーはその場から見つめる。


「ルアンですか。ちょうどよかったです」


「何かお申し付けがありましたか?」


「執事長に用ができまして、お嬢様の側にいてほしいのです」


「分かりました」


2人の会話を聞きながらアイビーは2人に近づいた。

チャイブの横まで行くと、アイビーに気づいたルアンが目尻を垂らしながら見てくる。


「お嬢様。カディス殿下とレガッタ殿下、イエーナ公子様が来られました。いかがされますか?」


「もう来たの?」


「はい、応接室にいらっしゃいます」


「行くわ」


チャイブが施錠するのを待ち、応接室まで3人一緒に移動し、部屋の前でチャイブと別れた。

ノックしてから中に入ると、着飾っているカディスとレガッタ、ラフな格好のイエーナがお茶を飲んでいた。


「皆様、早すぎません?」


「ですよねぇ! アイビーは分かってくれると思っていました! 私、無理矢理連れて来られたんです!」


イエーナに激しく訴えられた。

イエーナ1人だけが礼服じゃない理由が分かり、アイビーはカディスとレガッタに視線を送る。


「仕方ありませんわ。エスコートをしてもらわないといけませんもの」


「別々に入場となると、また変な噂されるかもしれないからね。着替えは持ってきているんだから問題ないでしょ」


「問題ありますよ。髪の毛のセットはどうするんですか?」


「ヴェルディグリ公爵家の侍女にやってもらえばいいよ」


「それをどうして殿下が決めるんですかー」


アイビーは、言い合いをしている3人からルアンに向き直した。


「ねぇ、ルアン。今日はエスコートが必要なの?」


イエーナの誕生日パーティーの時のラシャンの説明で、フラッと行ってお祝いを述べるだけでいいとアイビーは解釈していた。

間違って覚えていては困ると思って、ルアンに確かめたのだ。


「一緒に来られるご家族内でのエスコートくらいの認識です。成人されている方々ですと、婚約者の方を誘ってという印象ですね」


「そうなんだ」


謎な部分もあるが、婚約者にエスコートされて参加することもおかしくないと知り、納得した。

それに、もう来てしまっているのだから一緒に入場しない理由はない。


レガッタとイエーナが並んで座っているので、アイビーはカディスの隣に腰をかけた。


「レガッタ様、今日も可愛いですね」


「まぁ! 嬉しいですわ!」


「アイビー、僕は?」


「王子様って感じでカッコいいですよ」


「普通に褒めてくれるだけでいいんだよ」


「普通に褒めています」


カディスと不毛なやり取りをしていると、なぜかレガッタが嬉しそうに笑い出した。

アイビー同様にイエーナも首を傾げている。

でも、カディスが慈しむような瞳をレガッタに向けていて、「王妃様と何かあったのかな?」と言い表せない重たい気持ちが胸に広がった。






来週月曜は1話、金曜から2話更新に戻ります。


リアクション・ブックマーク登録・読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ