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104 .忘れていたフィナンシェ

ラシャンの誕生日パーティー前日になり、ヴェルディグリ公爵家の慌ただしさは山場を迎えていた。

明日の朝一で、執事長のシュヴァイが最終確認をすることになっている。

つまり、今日の夜には綻び1つない状態で終わらせていないといけないのだ。

今年は婚約発表も兼ねているため、離れの屋敷が丸々パーティー会場になっている。


「お兄様、明日は時間がないかもしれませんので、今日受け取ってください。お誕生日おめでとうございます」


今日も朝からカディスたち4人は来ている。

今は朝食後の「何をして遊びますか?」と予定を決める話し合いの時間だった。

離れと違い、母家は平和である。


「アイビー、言ってくれたら僕も今日持ってきたのに」


「私もですわ」


カディスとレガッタに続くように、イエーナにも不満気な表情をされた。

ルージュだけは、「この紅茶はどこの?」とチャイブに問いかけている。


「すみません。皆様が来られる前にと思ったんですが……」


「気にしなくていいよ、アイビー。僕だって、殿下たちが朝食さえも一緒にとるなんて思わなかったからね」


「いいでしょ。こんな時くらいしか丸1日遊べないんだから」


カディスの言葉に、レガッタとイエーナは胸を張って大きく頷いている。

そして、またルージュだけは「だから言ったのに」と溢していた。


昨日あんなことがあったから、余計にいつも通りの和やかに雰囲気に心が落ち着く。


小さな箱を持って狼狽えていたエーリカは、カディスたちが怒っているわけじゃないと気づいたようで、安心したように体から力を抜いていた。


プレゼントを渡そうと思っていたことは、エーリカには今日の朝一でルアンに伝えに行ってもらっていた。

今日も来るだろうカディスたちを待っている間に渡す計画だったから、3人でお茶をしているのに仲間外れみたいな空気になったら嫌だったからだ。

だから、エーリカがリボンがかかった箱を持ってきた姿を見た時、伝えに行ってもらってよかったと安堵していた。


アイビーは、チャイブから受け取った箱をラシャンに「おめでとうございます」と伝えながら渡し、エーリカを見やった。

目が合ったエーリカは、恥ずかしそうに体ごとラシャンに向けている。


「ラシャン様、お誕生日おめでとうございます。気に入ってくださればいいのですが……」


「ありがとう。開けるのが楽しみだよ」


ラシャンが笑顔で受け取ると、エーリカは嬉しそうに頬を緩ませて座り直した。


「ラシャン、何を貰ったんですか?」


興味津々に問いかけるイエーナは、アイビーがあげた箱を見つめている。


「私も気になるわ」


「私もですわ。箱いっぱいのフィナンシェですと食べきれませんわよね。お手伝いいたしますわ」


「ダメですよ。ずっと僕の順番が回ってくるのを待っていたんですから」


アイビーが家族の誕生日に手製のお菓子をプレゼントしていることは、エーリカを除く全員が知っている。

家族の誕生日の度に学園を休んでいるし、翌日の昼食時に話題に上がるからだ。


すっかり忘れていたのはアイビーのみ。

「あ……」と声を漏らしてしまうほど、自分の失態に衝撃を受けるのは無理はない。


「え? アイビー、もしかして……」


カディスも箱いっぱいのお菓子だと思っていたのだろう。

アイビー・箱・ラシャン、またアイビーと視線を動かしている。


「お菓子は、今日エーリカ様と一緒に作ろうと思っていたんです」


エーリカに瞳をパチクリとされるが、もう後には引けない。

厨房は忙しいだろうが、どうにか場所を借りるしかない。


「お嬢様、注意しましたよね? 作られるのならパーティーが終わってからにしてくださいと」


そんな話は一切していないが、助け舟を出してくれたチャイブに全力で乗るしかない。

アイビーはわざと唇と尖らせ、チャイブから顔を背けた。

はっきりと吐き出されるため息に、心の中でチャイブにお礼を伝える。


「ラシャン様、明後日でもよろしいですか? 今日明日は料理人たちを泣かせることになってしまいます」


「ちょっと残念だけど貰えないわけじゃないからいいよ。明後日を楽しみにしているね」


「エーリカ令嬢もそのご予定でお願いいたします。アイビーお嬢様とフィナンシェやクッキーを作ってあげてください」


「は、はい。私でよければいくらでも。それに一緒に作れるなんて、とても嬉しいです」


「ありがとうございます。お嬢様をよろしくお願いいたします」


チャイブが話を進めてくれ、この場を丸く収めることができた。

ラシャンとエーリカが笑顔になった空間に気まずい気持ちから解き放たれ、アイビーにも笑みが溢れる。


「まぁ! 私も作りたいですわ!」


「楽しそうですね。私も運動よりそっちがいいです」


「作り方を知るいい機会ね」


「そうだね。料理人の大変さを知ることも大切だよね」


アイビーが「えっと……」とチャイブを横目で見ると、チャイブは我関せずで窓の外を眺めていた。

返事をしてしまうと了承したことになりそうで、敢えて無視しているのだろう。


アイビーが初めて厨房に立つ時でさえ一悶着あった。

エーリカに関しては「仲良くなるため」と言えば、今回限りで許してもらえるだろう。

チャイブは、そんな手筈を踏む気がする。


だけど、王子や王女であるカディスとレガッタが厨房に入っていいはずがないのだ。

アイビーだって返事に困ってチャイブを見たのだから。


こうなってしまったら、もう知らないふりをして話題を変えるしかない。

そう思い、アイビーはラシャンに話を振った。


「お兄様、プレゼントを開けてみてください。きっと気に入ってくださると思うんです」


「うん、そうだね。楽しみだなぁ。どっちから開けようかな」






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