103 .今回の黒幕
就寝時間になり、ベッドに潜ったアイビーは、傍らの椅子に座るチャイブに視線を投げる。
「どうした?」
「犯人見つかったの?」
「ああ、執事長が捕まえてくれた。アイビーにお礼をしたいって言ってたぞ」
チャイブに柔らかく頭を撫でられ、嬉しくて唇が弧を描く。
「本当にアイビーが気づいてくれてよかった」
「でしょ。焦って机叩いちゃったけど、みんなが痺れていた方がよくなかったもんね」
「そうだ。偉い偉い」
髪の毛をぐちゃぐちゃにするように手を動かされ、「きゃー」と言いながらも笑う。
チャイブの顔にも優しさが溢れていて、アイビーから笑みは消えない。
そう、今日の昼食時にアイビーが慌てて立ち上がった理由。
ティラミスを食べようとして、ちょこんと鎮座している葉を見て「おかしい」と気づいたからだった。
ミントやエルフィーユ(イタリアンパセリ)が乗っていることが多い。
だが、どっちだろう? と違和感を覚える葉の形をしていたのだ。
そして、「あれ? 痺れるって草、こんな草だったような……」と閃いたのだ。
確信はなかったが、もしもがあると怖いので焦って机を叩いてしまったということになる。
将来冒険者になるかもしれなかったから、チャイブが地道に教えてくれていた知識になる。
「ねぇ、チャイブ。犯人は誰だったの?どうしてそんなことしたの?」
「秘密だぞ」
「うん、任せて」
鼻で笑ったチャイブは最後にもうひと撫でしてから、アイビーの頭から手を離した。
「犯人は、残念なことにヴェルディグリ公爵家の侍女だった。バレずに遂行できていたら、王妃殿下から大金をもらえたらしい」
「え? 王妃様?」
「ああ、今回の黒幕だ」
何度瞬きをしても、冷静な面持ちのチャイブしかそこにはいない。
チャイブが嘘を吐くとは思っていないが、どうしてあんなことをされたのかが思い当たらない。
「カディス様やレガッタ様も痺れて苦しむところだったのに?」
「寧ろ、だからあの場だったんだろうよ」
「え? え? どうして?」
「アイビー、これはあくまで予想だが……王妃殿下は、たぶん殿下とエーリカ令嬢を結婚させたいんだろう。ティラミスを食べた全員が痺れる。いや、殿下たちだけでもいい。そうすれば、ヴェルディグリ公爵家に罪を問える」
「待って、チャイブ。ちょっと分からないよ」
「分からなくてもいいから理解しろ。問題の草はラシャンの部屋から見つか――
アイビーは勢いよく起き上がり、チャイブの腕を掴んだ。
「お兄様が犯人にされていたってこと!?」
「そうだ。もし、あの場で騒ぎが起こっていたらラシャンが犯人になり、反逆罪に問われてもおかしくなかった。ラシャンは処刑され、爵位を没収されていた可能性もある。そして、全ての婚約は破断になり、お詫びを理由に殿下とエーリカを結ぶことができるんだよ」
「どうして……王妃様はヴェルディグリ公爵家が嫌いなの?」
「さあな」
「じゃあ、どうしてエーリカ様なの?」
「聖女だからじゃないか」
「チャイブ!」
切羽詰まったようなアイビーの呼びかけに、チャイブは諦めたように息を吐き出した。
「俺は何でも知っているわけじゃない。ただな、執事長の調べで、王妃殿下が『カディスの嫁にはエーリカ以外いない』と言ってレガッタ殿下と喧嘩したってことは分かってんだよ。カディス殿下も反抗したらしいし、陛下は王妃殿下を宥めているそうだ」
「そう言ってくれれば……」
「アイビーがした質問の答えじゃないだろ」
そうだけど、そういうことじゃない。
だってアイビーが気づかなければラシャンは処刑されていたかもしれないなんて、怖すぎて目の前が真っ暗になる。
きっと処刑されるのはラシャンだけではないはずだ。
クロームだって祖父母だってアイビーだって、もしかしたら使用人たちもかもしれない。
たくさんの命を奪ってでも、カディスとエーリカを結婚させたいだけだなんて信じられない。
いや、信じたくないだけかもしれない。
そんなごちゃ混ぜの納得できない気持ちを言語化できるわけもなく、アイビーは唇を固く引き結んだ。
「今回のことは、クローム様から陛下に報告済みだ。だからといって王妃殿下を捕まえられるわけじゃない。証拠がないからな」
「捕まえるって……カディス様とレガッタ様のお母様なのに……」
「だとしても、敵になってしまったんだよ」
「で、でも、私とカディス様の婚約は成人するまでなんだよ」
「だから何だって言うんだ? ラシャン様とエーリカ令嬢の婚約は、王妃殿下が起こそうとした事件ほどのことがないと破棄されないんだからな」
「だから、お兄様が狙われたの?」
「いいや。一石二鳥くらいの感覚だろ」
王妃殿下がカディスやレガッタの家族でなければ、きっとすんなり受け入れられただろう。
しかし、家族の温かさを知っている今、カディスとレガッタの家族と敵対したくない気持ちが芽生えてしまったのだ。
それに、カディスとレガッタは板挟みになるかもしれない。
現にさっきチャイブは、王妃とカディスたちは喧嘩したと説明した。
日頃から王妃に対しての文句は、2人揃ってよく口にしているが嫌悪しているように感じたことはない。
なんだかんだきっと王妃のことが好きなはずだ。
できるなら、王妃とも仲良くしたい。
だけど、ラシャンを犯人にされかけたこと、ラシャンや家族が死ぬかもしれなかったことを考えると、当然許すことはできない。
でも、カディスとレガッタの顔がチラついて、心がざわめいてしまう。
ぐるぐると「でも」「だけど」「いや」「ううん」という相反する言葉ばかりが連鎖していき、頭がパンクしそうになる。
「アイビー」
チャイブに優しく声をかけられ、俯いていた顔を上げた。
頭に乗っけられたチャイブの手の重さに、安心感が広がっていく。
「難しく考えなくていい。いつも言ってるだろ。お前の笑顔は最強だ」
アイビーは瞳を丸くした後、笑顔で大きく頷いた。
「うん、そうだったね。私の笑っている顔は、元気を与えることも涙を止めることもできる。悪い人だって私に優しくしたくなっちゃう」
「いや、まぁ、うん、そうだな。お前はバカみたいに笑ってろ」
「バカじゃないけど、みんなを笑顔にできるように頑張るね」
「ちなみに、どう頑張るんだ?」
「今日みたいに誰よりも先に気づいて事件になりそうなことを取り除き、笑顔でお兄様やカディス様、レガッタ様、みーんなを幸せにするの」
吹き出すように笑ったチャイブに、軽く頭をポンポンと叩かれる。
「最高だ。アイビーはそれでいい」
「任せて。何かあっても蝶々さんが解決してくれると思うから」
「頼もしい限りだ」
微笑んだチャイブに肩を押され、「もう寝るように」と寝転がされた。
アイビーは小さく頷いて「おやすみ」と呟き、目を閉じながらも精霊魔法の活用方法を考えていた。
金曜日はラシャンの誕生日前日のお話になります。
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