97 .晩餐会
ラシャンが迎えに来てくれ、「可愛いアイビーを閉じ込めておきたい」と手を握られたので、「閉じ込められたらお兄様と一緒にいられなくなるので、寂しくて死んでしまいます」と返しておいた。
冗談で言われただろうから軽く答えただけなのだが、ラシャンは「大丈夫だよ。その時は僕も一緒に閉じこもるからね」と上機嫌で抱きしめてきたのだ。
斜め上から聞こえたチャイブのため息の重さに、「あれ? 嫌だって言うべきだったのかな?」と首を傾げたのだった。
ラシャンと並んで来客があった時に使用する食堂に到着すると、不貞腐れているカディスと怒っているレガッタがいた。
祖父母は、フォンダント公爵家が滞在する間は別で食事を取るらしく、こちらの食堂にはいない。
クロームは、フォンダント公爵と話し合う予定だったので、その後でエーリカを迎えに行って3人一緒に来るはずだ。
食堂の机はいつも長卓なのだが今は円卓になっていて、アイビーはレガッタから1つ空けた席に腰を下ろした。
アイビーの両隣がクロームとラシャンになり、ラシャンの向こう側にエーリカが座る形になる。
カディスとレガッタが参加することになったので、急遽このような円卓の席順になったのだ。
「どうされたんですか?」
「アイビー、聞いてくださいまし! 本当にお母様は意地悪ですわ!」
「レガッタ。その話は誰にもしない約束だよ」
「でも、お兄様! アイビーにくら――
「そこまで」
ピシャンと厳しい口調で、カディスはレガッタの言葉を遮った。
「今日はフォンダント公爵とエーリカ令嬢の歓迎会だ。もてなすことができないなら今すぐ帰ること。父上にも言われているでしょ」
レガッタは唇を強く引き結んで、隣に座っているカディスを精一杯腕を伸ばして殴っている。
カディスは、文句も言わずにレガッタの憤りを受け入れている。
いつもの微笑ましい言い合いとは違うやり取りが奇妙でラシャンに視線を動かすと、ラシャンは「なんだろうね」という風に首を横に倒した。
ドアが開く音がして、今までの雰囲気はリセットされた。
カディスもレガッタも綺麗な微笑みを浮かべて、クロームと共に入ってきたフォンダント公爵とエーリカを立って出迎えている。
アイビーもラシャンの横に並んでクロームたちが到着するのを待った。
そして、「こんなにも歓迎してくださるとは……誠にありがとうございます」「楽しんでください」等々の軽い挨拶を聞き流しながら、ラシャンに褒められているエーリカを見やった。
頬を染めているエーリカは、嬉し恥ずかしそうにラシャンを褒め返している。
ちょっと噛んでしまっていた姿がとても可愛らしくて、絶対に友達になると密かに決意していた。
全員が席に着くと、乾杯用のお酒とジュース、そして前菜が運ばれてくる。
カディスの音頭で晩餐会は始まった。
「エーリカ嬢、料理は口に合いますか?」
「は、はい。美味しいです」
「よかったです」
ラシャンとエーリカの会話を愁眉を開いて見守っていたフォンダント公爵が、クロームに話しかける。
「ラシャン公子はおうかがいしていた通り優しい方ですね」
「自慢の息子です。エーリカ令嬢はお淑やかですね。最近やんちゃな子ばかりを見ていたので、悪巧みする子がもう1人増えるのかもと危惧していたのですが、要らぬ心配だったようです」
「やんちゃな子ですか?」
フォンダント公爵が、瞳を瞬かせながらアイビーを見てきた。
心の中で「そんなにやんちゃしたかな?」と考えながらも、極上に愛らしく微笑んでいる。
「アイビーではありませんよ。勇気と優しさを備えている自慢の娘ですから。やんちゃな子というのは……」
クロームの視線に気づいたカディスが、片眉を上げながらクロームを見返した。
「ん? どうして僕を見るのかな? この場合はレガッタでしょ」
「まぁ、お兄様! 私はやんちゃではありませんわ。少し元気なだけですわ。そう思いますわよね? アイビー」
「はい。レガッタ様の明るさに、いつも幸せをもらっています」
「ほら、お兄様。お兄様の大っっっ好きなアイビーはこう言ってますわ」
「僕がアイビーを心から好きなのは本当のことだけど、だからって全部が全部アイビーと同じ意見じゃないよ」
公の場でのみ、カディスはきちんとアイビーを好きだと言葉に出している。
それは、アイビーも知っているから何も不思議ではなかったが、レガッタが満足そうに頷いたことには首を傾げそうだった。
——フォンダント公爵とエーリカ様がいるから、仲がいいアピールなんだと思うんだけどな。あ、でも、レガッタ様は契約のことを知らないんだった。いつも一緒にいるから、うっかりするところだった。気をつけなきゃ。




