96 .怪しい2名
肩から力が抜けたエーリカと、好きな食べ物や趣味などの当たり障りのない会話を楽しみ、お茶会はお開きになった。
今日はフォンダント公爵家の歓迎を兼ねた晩餐会があるので、支度のため一旦それぞれの部屋にバラけたのだ。
ルアンが部屋にやってくると、チャイブは入れ替わりで去っていった。
「ねぇ、ルアン。何かあったの?」
「どうしてですか?」
「チャイブが急いで出て行ったから、何かあったのかなって思ったの」
「そうですねぇ……何か……何か……あ!」
「なに?」
「晩餐会にカディス殿下とレガッタ殿下も参加されるそうですよ」
「泊まるの?」
ルアンが思い出したように控えめに笑った。
「いいえ。陛下より『決して宿泊を許さないでくれ。我が儘を言うようなら晩餐会の途中でも帰してくれていい』という手紙が、公爵様に届いたそうです」
「レガッタ様のお願いは失敗したのね」
「もしかして急いで帰られていたのは……」
アイビーがしっかりと頷くと、ルアンはおかしそうに声を上げた。
体を濡れタオルで拭き終わり、アイビーとルアンがドレスを選んでいる時、シュヴァイから伝達事項を聞いたチャイブはラシャンの部屋のドアをノックしていた。
ラシャンの声が聞こえ、エルブが開けたドアから中に入る。
ラシャンはすでに晩餐会用の礼服に着替え終わっていて、ブラウス姿で寛いでいた。
「チャイブ、どうしたの?」
「執事長からエルブへの伝言を承りました」
ただの連絡事項かと興味なさげにしているラシャンを横目に、チャイブはエルブの前に立った。
「エルブ、いいか。部屋を出る時は確実に施錠するんだぞ。それと、部屋の状態を覚えておいて、戻ってきたら変更点はないかを必ず確認するんだ。おかしな点があれば執事長に伝えること。俺はお嬢様から離れられないからクローム様が来てくれる」
「え? チャイブ? 急にどうしたの?」
戸惑っている声は、エルブではなくラシャンだ。
聞こえているのだから当たり前の反応だろう。
「ラシャン様には『質問されたら答えてもいい』という許可を執事長よりいただいていますのでお伝えいたします。残念なことに、ファンダント公爵家の従者2名が怪しいとのことです。まず、赤茶色の短髪の従者がアイビーお嬢様に熱い視線を送っていたそうです」
「なっ!」
「まぁ、これについてはよくあることですので、お嬢様に接触しようとしない限り大丈夫でしょう。他の者たちも見惚れていましたしね」
そう嗜めても、ラシャンから怒りのオーラが消えることはない。
可愛いアイビーが注目されるのは当たり前だが、注意しなければいけない視線だったということに嫌なものが胸を占めたのだろう。
シャトルーズ子爵のような変態もいる。
というか、シュヴァイが気にするほどなのだから、同じ部類の眼差しに違いない。
そう答えを導き出して、ムカムカイライラと腑が煮え繰り返りそうになっているのだろう。
「問題は、侍女3名のうちの1人です。明るい茶色のボブヘアの侍女になります」
「その侍女もアイビーを狙っているの?」
「いいえ、狙われているのはラシャン様かと」
「僕?」
素っ頓狂な声を出すラシャンに、チャイブは「はい、そうです」と冷静に答えた。
エルブは勢いよくチャイブを見て、ポロポロと涙を流している。
「ルアンが侍女たちを案内したのですが、その問題の侍女がラシャン様の部屋の位置やラシャン様の行動パターンを聞いてきたそうです。それに、エーリカ令嬢を迷子にさせられないからと屋敷内の詳細を尋ねてきたそうです」
「僕を誘拐するか、屋敷に誰かを手引きするかってこと?」
「もしくは、ラシャン様を誘惑するとかですかね」
「そっか。アイビーが危険じゃないなら何でもいいよ。相手が年上だろうが、女性相手なら僕は負けないと思うから」
「問題なく勝てますか? お嬢様はエーリカ令嬢と友達になりたいと溢しておりましたので、事故だとしてもラシャン様がエーリカ令嬢の侍女と怪しい関係になってしまうと『お兄様、不潔! 大嫌い!』ということになりますよ」
「よくない! それはよくないよ!」
「はい。何をしてくるのか分かりませんので、油断されないでくださいね」
「分かった。僕も部屋に怪しい物がないか、誰かが不意に襲ってこないかって注意するよ」
「そうしてください。それに……」
「アイビーに嫌われるようなことは、もう嫌だよ」
想像に本気で怯えているラシャンに、チャイブは声を殺して笑った。
揶揄ってしまったことがバレたようで、ラシャンが拗ねたように睨んでくる。
その顔がクロームそっくりで、お腹を抱えて笑いそうになる。
「笑ってないで何? 最後まで教えてよ」
「失礼いたしました。もしかしたら、メイフェイア公爵家・アムブロジア王家と繋がっているかもしれませんので、本当にお気をつけください」
「僕たちや屋敷の情報を売る予定かもしれないんだね」
「ええ、そういう話を持ちかけられている可能性も否定できません」
チャイブは、「分かった」と眉間に皺を寄せながら背もたれに体を預けるラシャンに頭を下げた。
そして、エルブの背中を軽く叩いてしっかりと視線を合わせてから、部屋を後にした。
来週は晩餐会のお話になります。
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