95 .一芝居
なんて、のほほんと話していたら数個の足音が聞こえてきた。
出入り口がある方に顔を動かすと、エーリカをエスコートしながらラシャンが向かってきている。
アイビーは食べかけのスイートポテトを全て口に放り込み、ラシャンたちが到着するまでにお茶で流し込むことに成功した。
立ち上がってラシャンたちを迎えると、ラシャンは「アイビー」とすぐに抱きついてくる。
そして、カディスとレガッタが座っていただろう椅子で視線を止めている。
「あれ? 殿下たちは?」
「宿泊の許可を取るために王城に戻られました」
「え? まさかうちに泊まろうとしているの?」
しっかりと頷くと、ラシャンから「父様が許さないと思うけど」という呟きがため息と共に聞こえた。
だが、ラシャンはすぐに朗らかな笑みを浮かべ、アイビーとエーリカの両方が正面にくるように立ち直している。
「さっき自己紹介はしているけど……アイビー、こちらがエーリカ嬢だよ」
「会えるのを楽しみにしていました。これからよろしくお願いします」
アイビーが愛らしく微笑みながらカーテシーをすると、エーリカの頬が上気した。
もうそれだけで大満足のアイビーである。
「エーリカ嬢。僕の最愛の妹のアイビーだよ。仲良くしてあげてね」
「もちろんです。私も会える日を楽しみにしていました。こちらこそよろしくお願いいたします」
強張っている体で腰を折るエーリカは、緊張していると丸分かりだ。
アイビーに嫉妬するんじゃないかという心配は現時点では邪な考えだと一蹴できるほど、粗相をしないように嫌われないようにと張り詰めている心があけすけに見えている。
本心を隠したり、取り繕うとする貴族特有の鎧を、まだ着用できていないのだろう。
これでは、さぞかし大変だったと思う。
いや、ここまで緊張しているということは、辛い思いを何度もしたという証拠かもしれない。
アイビーもエーリカと同じように平民生活は長い。
でも、チャイブという教師がいたアイビーとは何もかもが違う。
町中で遊んだことのある子たちがいきなり貴族になれと言われたら、吐くくらいしんどいだろうということは想像できる。
「アイビー。僕とエーリカ嬢も混ざっていい?」
「嬉しいです。カディス様とレガッタ様が突然帰られましたので寂しかったんです。ぜひ遊んでください」
アイビーとエーリカが挨拶をしている間に、チャイブとエルブは一度テーブルを片付け、綺麗にセッティングし直してくれている。
「エルブ、遅い」「ごめっんなさいっ」という会話とエルブの泣き声は、はっきりと聞こえていた。
アイビーの言葉に小さく笑ったラシャンの椅子をエルブが、「エーリカ公爵令嬢、ご案内いたします」とエーリカの椅子はチャイブが引いていた。
だから、アイビーは自分1人で座ってみたのだが、すぐさまチャイブに鬼の形相で怒られたのだ。
「だってー、私は元々座ってたからいいのかなって思ったのー」
本音だ。本当に1人で座れるし、今来たわけじゃないし、公式じゃないからいっかと軽く考えて腰を下ろしたのだ。
それに、いつもなら怒られたりしない。
よっぽど酷かったら、後から注意されるくらいで終わる。
「そんなわけないでしょう。どうして待てないんですか? バカだからですか?」
「バカじゃないもん!」
「そうだよ、チャイブ! アイビーは天才だよ!」
「ラシャン様もアイビーお嬢様を甘やかさないでください。バカにはバカって言った方がいいんです」
「アイビーは悪いことしてないから甘やかしていいの! ね、エルブもそう思うよね!?」
ラシャンに援護射撃を求められたエルブは、引き攣るように息を飲み込み、ドパーッと音が鳴りそうな勢いで涙した。
「おっっっもいますっ!」
チャイブの深いため息に、エルブの肩が揺れる。
「エルブ、お前分かってんだろうな?」
「ひっ……ううっ……ぐす……」
「あー、泣かしたー。チャイブが後輩イビリしてるー」
チャイブを弄りだしたアイビーにラシャンは瞳を瞬かせた後、アイビーの分かりやすい悪ノリに乗ってきてくれた。
「うわー、本当だー。父様とシュヴァイに告げ口しよー」
「くっ! お2人とも、卑怯ですよ!」
「私っ……ううっ……もっと、泣きますっ……うわーん」
「こら、エルブ! 嘘泣きはやめろ!」
「チャイブのおにー」
「やーい、やーい」
目の前での叱責からの言い合いにオロオロとしていたエーリカだったが、幼稚すぎる戯れ合いに目を点にし、「やーい、やーい」という語彙力どこいった? の時には両手で口元を隠して笑っていた。
笑い声が聞こえてきたので、笑っていることを隠しているんじゃなくて、そういう笑い方なんだろう。
だって、誰がどう見てもエーリカは楽しそうに笑っている。
アイビーたちは4人顔を見合わせ、にんまりと唇に弧を描いた。
チャイブらしいけどらしくない行動にアイビーが閃き、そして、ラシャンとエルブが同時期に気付いた。
エーリカの緊張を解す作戦が成功して、みんなで喜び合ったのだ。
チャイブの控えめな咳払いに、エーリカは笑い声を止めようとしているが止められていない。
「エーリカ公爵令嬢、お見苦しい姿をお見せてしてしまい、申し訳ありませんでした」
チャイブが深くお辞儀をすると、その横でエルブも腰を折っている。
「いえ、ふふふ、ごめんなさい、ふふふ」
「お許しいただきありがとうございます。ただいつもはご友人の方々もいて、もっともーっと騒がしくて自由なのです」
「うん、だからエーリカ嬢も騒いだって大丈夫だよ。じゃないと、勢いに負けて大変なことになるからね」
「はい。巻き込まれないようにするのも大切なことですが、一緒にいる時点で回避するのは不可能ですからね。みんなに負けないように自由でいるのが1番です」
エーリカはようやく一芝居打たれていたことに気づいたようで、固まりながらもパチパチと瞬きした後、朗らかに微笑んだ。
その笑顔がうさぎみたいにとても可愛らしくて、アイビーは一瞬で「エーリカ様とお友達になる」と決意したのだった。
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