94 .カディスとレガッタの企み
ラシャンの側にいつもエルブが控えるようになった2日後、ラシャンの誕生日の3日前にフォンダント公爵家御一行様が到着した。
ラシャンの誕生日パーティーで婚約を発表するということもあり、当主であるフォンダント公爵もエーリカと共に来ている。
ヴェルディグリ公爵家総出で出迎えた場では、エーリカがラシャンを見て真っ赤っかになっていて、フォンダント公爵が安堵したように微笑んでいた顔が印象的だった。
「あれは絶対に恋に落ちましたわ」
「僕には劣るけど、ラシャンの見目はいいからね」
「まぁ、お兄様。それは間違っていますわ。ラシャン様の方が麗しいですわよ」
「僕の方が総合的にカッコいいってことを言ってるんだよ」
「カッコいいかどうかは分かりませんが、まぁ、お兄様の方が会話ができるような気がしますわね」
「気がするじゃなくて、確実に僕の方が会話が成り立つよ。ラシャンはアイビー以外に優しくないからね」
「まぁ! それはお兄様もですわよ。アイビーにメロメロでしょう」
「言い方が下品だよ、レガッタ」
アイビーは静かに紅茶を飲みながら、カディスとレガッタの言い合いを聞いている。
なぜこの2人がフォンダント公爵家を迎え入れる日にいるのかというと、朝早くに先触れもなくやってきたからだ。
もちろんクロームは追い返そうとしたが、「陛下に代わり、聖女候補のエーリカという人物を確認するためだよ」とカディスに言われれば渋々従うしかない。
レガッタにも「私も王族として見守る必要がありますわ」と胸を張られ、1人だけ帰るようには言えず、一緒に出迎えることを了承したのだ。
ヴェルディグリ公爵家側の人間は野次馬だと分かるカディスとレガッタはいなくてもと思っていたが、フォンダント公爵家側は手厚く歓迎してくれていると勘違いをしたようで従者を含め全員喜んでいたので、「これでよかったんだろう」と思うことにした。
クロームとラシャンがフォンダント公爵とエーリカを案内する役のため、軽く挨拶をし合った後に自動的にお茶会になったこの場にラシャンはいないのだ。
「アイビーはどう思いますの?」
ほとんど聞き流していたので、何に対してのどう思うのかが分からなくて、誤魔化すように愛らしく微笑んだ。
「可愛らしい方でしたね」
「んー、そうですわね。整っていたと思いますわ」
レガッタは楽しく会話ができればいいので、問いに対する答えじゃなくても問題ないのである。
「不細工じゃなかったけど、褒めるほどでもないんじゃない」
「お兄様はアイビーだけが可愛く見える病気にかかっていますものね」
カディスが眉間に皺を寄せてレガッタを見やっても、レガッタは鼻歌を口ずさみそうなほど楽しげだ。
「ふふふ。その名も恋の病ですわ」
「……レガッタ……変な本でも読んだの?」
「まぁ! 当てられたからといって、そんな風に言うのは酷いですわ」
「はいはい。そうだよ。それでいいよ」
適当に返事をされたレガッタは、頬をパンパンにして拗ねている。
感情表現豊かなレガッタを見て、アイビーは「本当にリスさんみたいで可愛いなぁ」と和んでいた。
「問題は、エーリカの性格だね」
「私は手紙のやり取りをして、何事にも一生懸命な方だと感じましたよ」
「そうじゃなくて、アイビーに嫉妬しないかどうかだよ」
納得したというようにレガッタは数回頷いている。
「私からすれば『アイビー第一がラシャン様』ですけど、婚約者ともなればやっぱり寂しいと思ってしまいますわね」
「ラシャンがどうやってエーリカを納得させるのか、はたまたエーリカが気にしない性格なのか、大切なことだよ。明るいヴェルディグリ公爵家がギスギスするようになるのは、遊びに来る身としては嫌だからね」
——ん? お兄様や私の心配じゃなくて、自分の心配ってこと? カディス様らしくてよかったと思うべきところなのかな?
「まぁ! それは私も嫌ですわ」
「うん、だからエーリカがどういう性格なのか、この1週間で見極めないと。もし性格が最悪なら、次会う時までに対策を練らないといけないからね」
アイビーが「この流れって……」と考えが浮かんだ時、レガッタが手を叩いた。
「まぁ! お兄様! でしたら、毎日ヴェルディグリ公爵家に来て、エーリカ令嬢と遊ばなければいけませんわね」
「奇遇だね、レガッタ。僕も同じことを考えていたよ」
妙案を閃いたと言わんばかりに手を取り合っている2人を見ながら、「今もほぼ毎日来ているのに宣言する必要あったのかな」とアイビーは頬に指を当て首を傾げる。
「でもね、レガッタ。もっといい方法があるんだよ」
「遊ぶ以外に何かありますの?」
「僕たちもヴェルディグリ公爵家に泊まるんだ」
「まぁ! 夏の旅行みたいで楽しそうですわ!」
「レガッタが一緒に父上にお願いをしてくれたら、許してもらえると思うんだよね」
興奮して振り子人形のように頷いたレガッタは「早速お願いに行きますわ」と勢いよく立ち上がり、意地が悪そうな薄い笑みを浮かべたカディスと共に足早に温室から消え去った。
取り残されたアイビーは、マイペースにスイートポテトを口に運ぶ。
「ねぇ、チャイブ。陛下はレガッタ様に甘そうではあったけど、許してもらえると思う?」
カディスの従者であるフィルンも、レガッタの侍女であるバーミも、カディスたちを追いかけるように帰っていったので、温室にはアイビーとチャイブだけが取り残された状態だ。
「どうだろうな。今日は無断で学園を休んだみたいだし……カディス殿下の企みだとバレて、レガッタ殿下だけ許されるんじゃないか」
「ものすっごく拗ねそうだね。カディス様も可愛くおねだりすれば許してもらえるかもしれないね」
「殿下が可愛く……無理だろ」
首を横に振りながら溢すチャイブが面白くて、アイビーは小さく笑った。
「あ! レガッタ様が泊まりに来るなら、ルージュ様も無理かな?」
「ルージュ公女は来ないんじゃないか」
「そっかー。でも、誘うだけ誘ってみる」




