92 .13年前に起こった小競り合い
「今のうちに依頼内容をおうかがいします」
視線を戻し、相変わらず微笑んでいるジェミニを見つめる。
「先ほども言いましたが、知っていたら教えてほしいのです。昔にあったらしい戦争を小耳に挟んだのですが、本には載っていなく、誰に尋ねても曖昧でして……何か知っていますか?」
「いつの戦争についてでしょうか?」
「たぶん……10年以内くらい? です」
初めて笑顔を消し、考え込むように視線を落としたジェミニは、「ふむ」と呟いた。
「私の知る限り、10年以内に戦争は起こっておりません」
「そうですか……」
やっぱりアイビーに聞くしかないのかぁ。
また待たないといけないし、待っていてもアイビーも知らないかもしれないし。
あー、テンション下がったー。
「しかし」
ん? なになに?
「約13年前、現陛下が王太子だった頃に隣国を牽制したという箝口令が出ている小競り合いのことなら、少しだけ知っています」
それ! きっとそれ!
「教えていただけますか?」
「私が話したということを秘密にしていただけるなら」
「もちろんです。絶対に誰にも言いません」
ジェミニの視線がシャルルとヒースに向いたので、2人にも「誰にも話さない」と誓ってもらった。
神妙な面持ちになったジェミニに、バイオレットの背中に緊張が走る。
「フェリボン陛下が王子だった頃、先代陛下のパンジャブ王は放蕩癖が強く、何人もの愛妾を囲われていました。それが直接の理由かは分かりませんが、フェリボン陛下は女性嫌いだと噂されていたんです。ですが、隣国に何度も足を運んでいるうちに隣国で恋人ができたそうです。とても愛し合い、結婚の約束までしていたと。しかし、裏切られてアムブロジア王家の宝を盗まれたらしく、それを取り返すために王宮の騎士を総動員して隣国に向かわれました。事態を重く見たセルリアン王国が動き、宝は取り戻されましたが、女性は行方不明なままだそうです。そして、無事に帰還したフェリボン陛下を待っていたのは、毒殺されたパンジャブ王と継承権を持った兄弟たちの死体でした。しかし、現場を見た者は誰も残っておらず、私も人伝に聞いた話ですので、どこまで本当のことかは分かりません。それでこの歴史については、誰も話題に出してはいけない決まりになったのです」
要するに、痴情のもつれで軍隊動かして戦争しそうだったってこと?
こわっ! あの陛下、キモい上に怖すぎる。
つまりは、浅慮な行動をもう起こさせないために、セルリアン王国が人質を求めたってことか。
だから、アムブロジア王国では大切にされる聖女をってことなんだろうな。
「教えてくださりありがとうございます。何も聞かなかったことにします」
会釈程度に頭を下げようとした時、ドアがノックされた。
「来たようですね」
言いながら腰を上げたジェミニがドアを開けると、顔の左半分を仮面で隠している少年が部屋に入ってきた。
「失礼致します。お呼びと聞き、お伺いいたしました」
「カフィー、待っていましたよ。こちらの方があなたと話したいそうです」
不思議そうに見てくる少年と視線がぶつかる。
ん? んん?
フレンチグレイの髪にブロンズの瞳で、顔の半分を仮面で隠している。ってのは合っているけど……
でもさ、カフィーってこんな顔だったっけ?
確かに顔は整っている気はするけど、もっとこう神秘的な雰囲気があったようななかったような。
でも、名前まで合っているんだから、あのお助けモブキャラのカフィーってことだよね。
「私は退出します。カフィーとゆっくりお話しください。何かありましたら受付の女性に伝えてください」
そう言って、ジェミニはカフィーに座るように促してから退出した。
――――――――
ジェミニはバイオレットと会っていた応接室から出たその足で、少し離れた部屋に向かった。
軽くノックをし、ドアを開けると、テラコッタ色の短髪でマリーゴールド色の瞳を携えた筋肉質の男が薄く笑いながら見てきた。
「お疲れ。どうだった? 噂の聖女様は」
「可愛らしい子供でしたよ」
ドアを閉め、ジェミニは壁にもたれるように背を預けた。
「レドは潜り込めそうか?」
「ええ、問題ありません。バイオレット自身、探していた人物と面識がほぼないようですので。記憶喪失ということにしておけば疑われませんよ」
「そうか。レドが時間を稼いでくれている間に見つけないとな。しかし、どうしてズレてんだろうな? メイフェイア家でそれも調べられたらいいが」
「フェリボンの後ろ盾だったメイフェイア公爵家です。何か分かるでしょう。後継者争いのことを尋ねてきたのも、嘘か真実、どっちを話すか試されたんだと思いますから」
「怖いねぇ。どこが『可愛らしい子供』なんだよ」
「付け入る隙があるだけで十分可愛い子供ですよ」
「そうかよ。で、どっちを話したんだ?」
「もちろん嘘の方ですよ。お付きの人物にも聞かれますし、傭兵団の副団長が真実を知っていたらおかしいでしょう」
「納得したのか?」
「わずかに眉間に皺を寄せられそうでしたが、納得してましたよ」
「ってことは、やっぱりこの傭兵団の秘密を調べているのか……」
「どうでしょうね。あなた様とこの傭兵団が結びつくとは思えませんが」
「ああ、まだバレていないと思いたいが、相手はメイフェイア公爵家だからな。早いところ見つけ出して移動しないとな」
「一層のこと、先に移動しますか?」
「おいおい、レドが泣くぞ」
「そんな貧弱者に育てていませんよ」
「そうだった。お前と一緒で図太いんだったな」
筋肉質の男の豪快な笑い声を、副団長のジェミニは鬱陶しそうに聞き流していたのだった。
金曜日は1話のみの投稿になります。
次話も新キャラ登場します。
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