91 .傭兵団「欠けた林檎」
あああ、もう! どうして手紙ってこんなに遅いのよ!
これもそれも、国を跨ぐ時に厳しいチェックが入るのがいけないのよ!
アイビーは速達で返してくれたみたいだけど、遅い! 遅いよー!
だって、エーリカとフォンダント公爵が出発をしてからもう数日経つし、ラシャンの誕生日パーティーで発表なんてどうやっても止められないじゃない!
お父様がアムブロジア陛下に婚約者交換を進言してくれたけど、陛下は『今更変更などできるか』って聞く耳持ってくれないらしいし!
ってかさ、家族のアイビーも知らなかった婚約ってどういうことなんだろう?
そういうもんなのかな?
まぁ、たしかにお父様が私に教えてくれることは少ないから、私もメイフェイア公爵家のことを深くは知らないんだけどね。
私の情報源は全部ゲームからだもんね。
うーん……お父様が溢した「戦争」「仲が悪い」っていうのがキーワードなのかな?
アイビーは、それについて知っているのかな?
シャルルや他の使用人に聞いても「この国でそのことを口にすることは禁止されているんです。申し訳ございません」って謝られるだけで教えてもらえなかったんだよね。
ヒースに調べてもらったけど、平民の間では「戦争? 俺らは徴集されていないけど、辺境ではあったのかな?」くらいの認識らしいし。
王都の図書館に関連資料がなかったから、あるとすれば王宮の図書館なんだろうけど……行きたくない。
知りたいけど、王宮には足を踏み入れたくない。
あそこは伏魔殿すぎるのよ。怖すぎる。
ヒースにセルリアン王国で調べてもらおうかな。
でも、ヒースにまたセルリアン王国に行ってもらうとなると、こっちで動いてほしいことが起こった時に時間がかかっちゃうからなぁ。
とりあえず、一旦アイビーに聞いてみよう。
ドアがノックされ、バイオレット専属侍女のシャルルが部屋に入ってくる。
「お嬢様、そろそろ出発されますか?」
「そうね。手土産にお酒でも買って行こうかしら」
「かしこまりました。酒店に寄るようにいたします」
父親の帰りが今日は遅いと聞いているので、内緒で出かけるにはちょうどいい日なのだ。
ちなみに、母親は1歳になる前に他界している。
産後の肥立ちが悪くと言われているが、父親の暴力によるものじゃないかと勝手に思っている。
簡素なワンピースに身を包み、無印の馬車で出発した。
シャルルがお酒を買っている間は馬車の中で待ち、護衛騎士を巻くために洋裁店にシャルルと入店する。
このお店は表向きは洋裁店だが、オーナーはバイオレットでヒースが主頭の情報ギルドを兼任している。
バイオレット専用になっている個室に入り、壁にかかっている鏡をズラして、隠し通路で外に出るのだ。
出口で待っているコーヒー色の髪にグラファイト色の瞳をしたヒースと合流して、今日の目的地に向かう。
「お嬢、絶対に俺から離れないでくださいね。かなりの荒くれ者ばかりでしたから」
「大丈夫よ。裏社会の人間ってわけじゃないんだし」
軽く返すが、ヒースは心配気な表情を崩さない。
もう一度「大丈夫」と伝えながらヒースの腕を叩いた。
ヒースが用意してくれていた馬車で、傭兵団「欠けた林檎」の建物に到着した。
裏社会ではないと言ったが、国が正式に認めている軍隊でもない。
騎士になれなかったり、腕っぷしがいいが要領が悪かったりする人たちが集まってできた組織になる。
ただ国からの依頼も請け負っているらしいので、仲が悪くもないが良くもない、そんな関係だと噂されている。
ヒースを先頭に建物の中に入ると、受付があり、女性が座っていた。
その女性に団長と約束している旨を伝えると、応接室に案内された。
バイオレットだけが座り、シャルルとヒースは側に控えている。
すぐに、シルバー色の長い髪を緩く1つに纏めたモスグレイ色の瞳をした男性が現れた。
その男性と共に、先ほどの受付の女性がお茶を運んできて、机に並べると女性は退出した。
バイオレットは、向かい側に腰掛けた細身の男性を見つめる。
傭兵団? 荒くれ者?
こんなにシュッとしているのに?
「お初にお目にかかります。私は『欠けた林檎』の副団長をしていますジェミニと申します。団長が体調を崩してしまい、急遽私が対応することになりました。申し訳ございませんが、ご了承をお願いいたします」
え? ええ? 丁寧なんですけど??
もっと適当に会話する人たちと思ってたのに。
こういう人もいるんだ。
「団長にお会いできないことは残念ですが、依頼をしに来ただけですので問題ありません」
「依頼ですか? 最近入団したフレンチグレイの髪の少年を見に来られたのではないのですか?」
そう、やっとカフィーらしい少年が入ったと耳にして確かめに来たの。
エーリカから奪うようで心が痛むけど、もし本当にカフィーなら今の状況だと私の味方になってほしい。
もしもの時に逃げる手助けをしてほしい。
「はい。その少年が、探している少年かどうかを確認するために来ました。ただもしご存知なら教えてほしいことがありまして……警備や警護の依頼ではなくてすみません」
はじめはカフィーと対面して友達になってもらう作戦なだけだったけど、話せる人のようだからね。
戦争のことを尋ねてみるのもいいかもしれない。
傭兵団に所属しているってことは、色んな争いについて知っていると思うのよね。
アイビーに聞いてもいいけど、やっぱり即レスしてほしいじゃない。
「それは構いませんが、依頼を受ける前に1点おうかがいさせてください」
「どうぞ」
「フレンチグレイ色の少年を、どうして探されているのでしょう?」
「彼の師匠と面識がありまして、その人からもしもの時は面倒をみてあげてほしいと頼まれているんです」
嘘だけどね。
ここに来たってことは、師匠が死んじゃったってことでしょ。
だから、きっとバレないし、師匠という単語にカフィーの警戒心を薄めることができるはず。
「その師匠の名前をおうかがいしても?」
「申し訳ございません。旅をしている人たちで、私が危険な時に助けてくれ、『お礼をしたい』と伝えた時にそのように仰られただけなので……ただあの時助けてもらえなければ、私は生きていませんでした。だから、どうしてもお礼をしたいと思っているんです」
「そうですか。深い交流があったわけではないのですね」
「はい」
私、怪しまれてる?
地位も、不本意だけど名声もあるバイオレット・メイフェイアなのに?
「そのようなことでしたら一度ご確認ください。今は『欠けた林檎』の所属ですが、あの子がそちらを希望するのなら引き留めはいたしませんので。皆、自由ですから」
「ありがとうございます。元より、無理矢理連れ帰るようなことをするつもりはありませんでした。私としても居たい場所に居るべきだと思っています」
お互い「ニコニコ」「ニコニコ」と笑顔の維持の勝負をしているかのように微笑みを絶やさない。
「そろそろ来ると思うのですが……」
ジェミニがドアを一瞥するから、つられるように視線を向けた。
人の気配を探れないが、ドアがノックされそうな雰囲気は感じない。




